長月の子守唄 ー最終章ー


「龍神がお前に求めた代償とは何なのだ?」
泰明はあかねに問うた。
浄化に使われた首飾りは、今は泰明の首にかけられている。
浄化された桔梗は姿を消していた。
けれど浄化の代償を払ったはずのあかねはもとのまま、何処へもいかず泰明のもとにいる。
あかねは一輪の桔梗の花を、墓標の前に捧げた。
『内密にな』
龍神の声が聴こえるようである。
あかねはふふっと笑った。
「龍神様の気まぐれですよ。」
あかねはよいしょ、と立ち上がった。
ぱたぱたと水干の着物の裾を払う。
泰明はいぶかしげな顔をしてあかねを見つめた。
「隠し事は気に入らぬ。」
泰明はあかねを抱き上げた。
「きゃっ・・・!」
あかねは驚いて声をあげた。
「ちゃんと話せ。何故、龍神はお前に力を与えたのだ?」
泰明は隠し事を許さぬように、じっとあかねの視線を捕らえる。
ーーちょっとおお!内密になんかできないじゃないのよおっ!
あかねはうっとなって顔を袖で隠した。
もともと泰明に隠し事なんて通用したことがないのだ。
ーーもしかして龍神様、確信犯?!
あかねは龍神を恨みたくなった。
ーーあああっ!どうやって説明しろっていうのよっ!
泰明は小さく溜息をつくと寺へと戻り始めた。
あたりはもう日が落ちて薄暗く、虫の音が響き渡っている。
今宵はもう出歩くのに危険だということで、僧侶に促されるまま寺に泊まることになっている。
晴明は何度もあかねに礼を言って、北の方が心配だからと、来たときと同様、馬で早々に帰ってしまった。
土御門の藤姫には、晴明のほうから連絡を入れてもらった。
藤姫や頼久の心配する様子が容易に想像できたが、あかねは意外にもかなり疲れていた。
浄化という力を揮うのは、予想以上に体力を消耗するらしい。
正直、土御門に帰るのは今日は無理そうであった。
泰明に抱かれて、あかねは身体をすっかり預けた。

泰明に無言で抱かれるまま、寺の房に入るとあかねは円座(わろうだ)に下ろされた。
何も尋ねてこない泰明にほっとして、あかねは大きく息を吐いた。
泰明はあかねの顔をはさむとあかねの唇を塞いだ。
「神子、話したくないならもう聞かぬ・・・。ただ・・・。」
泰明はあかねを抱きしめた。
「お前を失いたくない・・・!」
泰明はそのままあかねを押し倒した。
ーーひえええっ!だっ、だめだよお!ここお寺だってば!
あかねは泰明の行動に驚いた。
そう、彼は行動派なのだ。
「言いますっ!言いますっ!だっ、だからっ!ちゃんと起きて話しましょう!」
あかねは泰明の胸をぐっと押し返して身を捩って逃げ出すと、あわてて身体を起こした。
一応、世間では認められてる恋人同士であるが、現代の16歳の乙女にはいきなりそんな展開は心臓に悪いだけである。
泰明はそんなあかねを見てふっと笑った。
「ここで思いを遂げるのはやめておこう、お師匠の式神が見張っている。」
泰明も起き上がると御簾をつと上げた。
荒れた庭には式神が二人控えていて、泰明が急に顔を出したものだから、あわてて平伏している。
あかねは頭を抱え込んだ。
ーーちょっと待って〜!もしかして、今のキスもしかっり見られてたんじゃないのおお!でもって晴明様にまでバレバレで!あ〜〜もうっ!
一人でわたわたしているあかねを泰明は不思議そうに見た。
「神子、気が乱れている。問題ないか?」
「みっ、乱れますってば!ああ〜〜もうっ!」
あかねはそっぽ向いた。
ときどき、泰明はとんでもなく大胆である。
でも、それを含めて全部泰明が好きなのだ。
「神子、言うといっていたな。龍神との間に何があったのだ?」
ーー忘れてないんだよね・・・。
あかねは溜息をついた。
しかし、言うといった以上、言わなければならない。
「さっきと・・・同じことを龍神様としたんです・・・。」
小さな声で言う。
1秒、2秒、3秒、・・・あまりの静けさにそっと顔をあげて泰明の顔色をうかがう。
ーーひええええっ!おっ、おこってるう〜〜〜!!
泰明はじいいっとあかねを見つめ、怒りを抑えているのか、微動だにしない。
やがて、泰明は大きく息を吐くとあかねを再び抱きしめた。
「やっ、やすあきさん!」
あかねは驚いて声を上げたが再び泰明に押し倒された。
ーー外で式神さんが見てるんでしょう〜〜〜??
「うんっ!」
激しく口付けされてあかねは激しく自分の言ったことに後悔した。
ーーやっぱり言うんじゃなかった・・・。
「龍神はお前をこのように組み敷いて、お前を奪おうとしたのか?」
「はいっ?!」
泰明の突然の問いにあかねは驚いた。
「ちっ!違いますってば!」
あかねはぶんぶん顔を振った。
「お前は先ほど、私がしたことと同じことを、龍神にされたと言った。」
泰明は眉を顰めた。
ーーそれはすっごい勘違いです〜〜〜!
あかねはあわてて言った。
「く・・・くちづけを・・・ほ、ほんの一瞬・・・」
あかねはもうこれ以上赤くなりようがないほど、赤くなりながら小さな声で言った。
泰明はあかねの言葉に溜息をついた。
「・・・許せぬ。」
泰明は不機嫌の極致、といった表情である。
ーーああ〜〜〜やっぱ言うんじゃなかった〜〜〜。
あかねは頭を抱え込んだ。
後悔してももう遅い。
だが、泰明から返ってきた言葉は想像以上にやさしかった。
「二度と・・・二度とお前に触れさせぬ。お前が龍神の力を揮わなくてもいいように、お前を守る・・・。」」
泰明の口付けが降って来る。
啄ばむような、優しい口付け。
何度も、何度も繰り返される。

外では式神が困った様子で晴明に報告すべきかどうか思案している。
宵闇の寺の庭は秋の気配が色濃く落とす。
夜は一日のうちの半分を占め始めていた。



翌日、透き通るような9月の青空のもと、泰明とあかねは寺を出て、洛中へ家路をたどる。
「悪かったと思っているのだ・・・。母に抱かれながら心の中で矛盾した思いがあったから。」
泰明の困った顔。
「お前を愛しているといいながら、私は母を慕う気持ちに溺れていた・・・。」
あかねはにっこりと笑った。
「いいんじゃないですか?誰にでも産んでくれたお母さんへの気持ちはあるものでしょう?」
「しかし・・・!」
あかねは泰明の唇に人差し指をあてた。
「あなたは私のもとに返って来てくれた。それだけでいいの。」
泰明はもう何も言わなかった。
あかねが愛しい、その気持ちは自分に母がいたと知った時からもかわらなかった、否今まで以上にあかねが愛しいと感じた。
「桔梗様を浄化するのはね、私の願いでも、泰明さんの願いでも、晴明様の願いでも、そして、龍神様の願いでもあったの。」
あかねは気がついていた。
何故、首飾りが切れて桔梗の陽の気が解放され、それが自分のせいと感じたか。
龍神が人型をとって自分の前に現れ、浄化の力を授けたのか。

神々の愛児(めぐしご)、それは即ち龍神の愛児(めぐしご)でもある。
すべての神々から愛された少女、桔梗。
陰と陽の気に分かたれ、怨霊となった少女を一番憐れんでいたのは他ならぬ龍神。
桔梗のすべての気を解放し、龍神の力の揮える神子である、あかねに浄化の力を託した。

ーーだからって、泰明さんを煽るようなことしなくてもいいのに・・・
あかねはちょっと頬をふくらませた。

チリン・・・

自分の中の龍神の笑い声が聞こえるような気がした。


★あとがき
やっと・・・やっとおわった・・・(ぜーぜー)
実は4話から一気にここまで書き上げたのです。
4話で話にけっつまづいて、もんもんとしてたけど、龍神様御降臨!で一気に話が進みました(^^ゞ
あ〜やっと終わった!最後はちゃんと甘めに仕上げてみました。(*^_^*)(←甘々好き)
あ、あかねちゃんと泰明さんはここで最後まではいってませんよ〜〜♪(←悪人)
まあ、最後までいっちゃったと想像して読んで頂いてもいいですけでね♪


表紙