それは文化祭のときだった。
いつものように各クラスが色々な出し物をする。
喫茶店、甘味所、屋台。
ぱらり、とプログラム表を見る。
「不二ー、次どこ行く?」
隣に並ぶ菊丸があちこちと視線を走らせながらきょろきょろする。
「うん、体育館で桃たちの出る劇があるから見に行こうか。」
桃城はクラスの出し物は劇だと海堂から聞かされていた。
ただ何をやるのか全くわからない。
タイトルは「冒険」
これじゃなんなのかさっぱりわからない。
まあ、だからこそ見てのお楽しみ、というわけなのだが。
「桃、自分が何やるのか絶対言わなかったもんねー。ふふふ、何の役やるのか
なー。」
菊丸がにこにこと笑う。
桃城はクラスの中でも目立つ存在で、友人も多い。
明るく楽しいキャラのため、クラス内でも人気者である。
だからその桃城の役がなんなのか不二も菊丸も気になるところである。
二人並んで体育館へと入る。
まだ桃城たちのクラスの劇が行われる前のプログラムらしく、不二と菊丸の耳
に美しい音色が響いてきた。
「ああ、筝曲部が演奏してるんだ。」
菊丸がそういうと、菊丸が体育館のステージの脇の演目名をさして言った。
ステージでは女の子がひとり、着物を着て筝曲を演奏している。
「前のほうが空いてる、今のうちに席を取っとこう!」
菊丸がこんな暗い中でも視力のよさを発揮し、前のほうに空いている席を見つ
けて不二を引っ張っていった。
席に着くとその場所はステージの細かなところまでが見えた。
桜の模様の女の子の着物の柄、筝に刻み込まれた文様まで見える。
「へえ、なかなかきれいじゃん。」
菊丸の言葉に不二も頷く。
確かに筝曲部なんて地味な部、こんな文化祭ぐらいしかお目にかからない。
ましてわざわざ聞きにいくようなものでもなかった。
けれど不二も菊丸も感心するほどその少女の演奏は上手かった。
横髪を結い上げた艶やかな髪。
少女らしい初々しさのある桜模様の着物。
そしてなによりその指先から生まれる美しい音色。
爪をつけた指先が弦を弾くたび、心を震わすような音が響き、音色となって心
の中に浸透していく。
やがて曲が終わり、舞台の袖にいた何人かの女の子たちが出てきて挨拶をする
。
どうやら最後に弾いていた桜模様の着物の少女は部長らしく、筝の音色にも負
けないような鈴を震わす声で挨拶をした。
「筝曲部の部長なんだね、あのコ。ちょっといいじゃん。」
菊丸は拍手しながらにこにことそういった。
でもそれに答える声の主はいなかった。
「あ、あれ?不二??」
あたりを探すが不二の姿はない。
そのとき不二は体育館のステージへと繋がる通路にいた。
「あれ?不二先輩。こんなとこまで何の用スか?」
Tシャツにジャージ姿の桃城が不二を見つけて声をかける。
「ああ、桃。これからなんだよね。頑張って、じゃあ。」
にっこりと笑ってそれだけを言うと、不二はさっとその場からいなくなってし
まった。
「誰か探してんのかな?」
桃城はしきりに首をひねっていた。
やがて不二は音響室の近くまで来ると先ほどの桜模様の着物の女の子を見つけ
た。
どうやら先ほどの演奏をテープで取っていてもらったらしく、テープを受け取
っている。
彼女がガラス張りの音響室を出るのと、不二が桜模様の着物を着た少女に追い
ついたのは同時だった。
「待って、筝曲部の部長さん。」
不二が少女に声をかける。
少女が振り向く。
くるり、と振り向いたときにゆれる髪すら、少女の気品が垣間見えるようで。
「…何か?」
少女の訝しげな声に不二はにっこり笑う。
「ボクは3年6組不二周助。君は?」
相手が名乗ってきたことで少女は多少びっくりしてまじまじと不二の顔を見る
。
「え、と3年1組…、」
少女の言葉に不二が驚いた顔をする。
「手塚と同じクラス?」
少女の言葉をひったくったことすら忘れて不二の声に驚きが滲む。
「え、ええ…。」
不二が手塚のクラスの面々を思い浮かべるが、目の前の彼女ののことは思い出
せない。
「わからなくても当然じゃないかな、私、クラスでは目立たないから…。」
少女が困ったようにはにかみながら笑った。
「ごめん、思い出せなかった。こんな素敵な子に気がつかなかったなんてね。
君は筝曲部の部長なんだね、その着物、君にとても似合ってる。」
不二はそういって、舞台袖から控え室へと続く階段を彼女の手を取って歩いた
。
すでに舞台では劇が始まっているらしく、暗く狭い通路では着物姿の少女には
歩きづらいだろうと思っての配慮だった。
「不二君、ありがとう。」
階段を下りるのを終えると、少女は大きく息を吐いてにっこり笑った。
「テニス部の人よね。ジュニア選抜にも選ばれたって校内じゃ手塚君に次いで
有名だもん。」
少女がにっこり笑う。
「ところでいったい何の用なのかしら?」
少女の言葉に不二もちょっと困ったように笑った。
そして。
「感動したんだ、今日の演奏。それが伝えたくて。」
そう、感動。
不二の心を十分に揺さぶったあの音色。
「また、聞かせてほしいな、って思ったんだ。」
いまだに離せない彼女の手。
ほっそりとしたきれいな指先。
桜色の爪。
そっと指先に口付ける。
「もっと知りたいんだ、君のコト。」
少女は驚いて、そして真っ赤になる。
その場から動けず、そのままで。
少女は小さく頷いた。
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