同じクラスというだけで。
気にも留めていなかったアイツが気になり始める。
何故だろう?
いったい何故なんだろう?
目の前で同じクラス委員の少女が眠っている。
授業は英語で、リーダーの順番が席の並び順に回ってくる。
それはいいが目の前のコイツは、どうしてこんなにもすやすやと熟睡していられ
るのだろうか?
他人事ながら心配になってくる。
ああ、もうすぐだ。
コイツ、まだ寝てる。
その次は俺なのだが…。
「はい、では後ろの人、続きを読んで。」
英語教師の言葉にも目の前のコイツは知らんぷり、というか気がついていない。
教室中密やかな笑い声が聞こえる。
「…さんっ!」
英語教師のややヒステリックな声に目の前の少女はのろのろと起き上がる。
そして教師に呼ばれるまま立ち上がる。
俺はそのスキを見てそいつの机に紙片をさっと置いた。
「続き、読んでください。」
怒りのこもった英語教師の言葉に少女は焦って教科書を開く。
気がつけよ。
心の中でそう祈っていたのに。
「あっ!85ページの5行目からねっ!ありがとう手塚君っ!」
くるりと振り向いてピースサイン。
…馬鹿め。
「…ま、まぁ後ろが親切な人でよかったわねぇ…、そこでしばらく立っていなさ
いっ!」
ヒステリックな英語教師の言葉にみんなやはりくすくすと忍び笑いをもらしてい
る。
俺も正直頭が痛い。
なんでコイツはこんなに鈍感なんだ。
「手塚君、前の席の人の分も含めて読みなさいっ!」
どうやらこの目の前の教師は俺がコイツに読むところを教えたのが気に食わない
らしい。
小さく溜息をついて英語の教科書を読む。
静かになる教室。
さっきのざわめきは嘘のようである。
たがて授業が終わって。
「手塚君、本当にごめんなさいっ!私ったらそそっかしくて。」
くるりと振り向いて前の席のコイツが声をかけてきた。
結局俺はコイツの分まで読まされたわけだが、別段どうとも思わないし、これく
らいで成績が左右されるとは限らない。
成績が左右されるとしたら、英語の教科についてではなく、間違いなく内信点と
いうヤツだろう。
「そう思うのなら授業中はまじめに聞くんだな。」
次の教科の教科書を用意しながらぶっきらぼうに答える。
「うん、反省してる。昨日はちょっと遅くまで頑張りすぎちゃって。」
照れたように笑うその笑顔。
でもその顔色は確かにあまりよくない。
「頑張りすぎた?何をだ?」
えへっと笑う目の前のコイツは何もそれ以上言わなかった。
それからしばらくして。
代表委員会にコイツと一緒にでることになった。
代表委員会の行われる部屋への移動中、コイツは別の女子に捕まった。
嬉しそうに笑っているその笑顔の向こうに、何か虚ろなものを感じたのは俺の気
のせいだろうか。
「手塚。」
声をかけられて振り向くと2組の委員長、大石が立っていた。
「今からなんだな。一緒に行こう。」
そういいながら笑う大石に俺も頷いた。
相変わらずアイツは他の女子とくっついてしゃべっている。
「…さん、元気そうだね、ちょっとよかった。」
大石がアイツを見ながら笑った。
「何かあったのか?」
大石の言葉に俺は妙なひっかっかりを覚えた。
隣のクラスの大石が知ってて、同じクラスの同じ委員の俺が知らないことがある
、というのが不愉快に感じたのだ。
大石が俺のそんな微妙な心中などわかるはずがないのに、慌てて首を振った。
「あの子のお父さん、亡くなったって聞いて。だからこのエレベーター式のうち
の学校、続けるよりは公立の進学校を受けることにしたんだって聞いたよ。それ
で今猛勉強中だって。俺は彼女の家の近くに住んでるから近所から入ってきた
情報なんだけど。」
声をひそめてまわりに聞こえないように配慮しながら大石が言った。
俺は呆然とアイツを見た。
父親が亡くなった?
そんな衝撃をアイツはひとりで抱えてたのか?
俺が知らない、ということは1組の奴らはみな知らないだろう。
大石の言葉が脳裏に焼きついて離れない。
終始笑顔のコイツはどれだけ苦しんで、どれだけの悲しみを背負っているのだろ
う。
少しだけ。
少しだけコイツの肩の荷を降ろさせてやりたかった。
何もないフリして、微笑むアイツが痛々しい。
委員会の終わった帰り道。
昇降口で二人。
アイツがいきなり振り向いた。
「同情ならいらない。」
冷めた、冷たい視線。
俺の心に突き刺さった氷の刃のような言葉。
けれども。
俺はコイツの二の腕を掴んでいた。
「何するのよっ?!」
掴んだ二の腕をどうしていいのか自分でもわからない。
どうしていいか。
わからないまま彼女を引き寄せた。
そのまま抱きしめる。
コイツが驚いているのはよくわかる。
俺にまで聞こえる早鐘を打つ鼓動。
「泣け。」
ただヒトコト答える。
父親を亡くした悲しみ。
自分ひとり、事情で他校を受験しなければならない事実。
友人たちとも離れ離れになって。
情だろうとなんだろうと思われても構わない。
ただ俺には。
今のコイツには涙が必要なんだと思った。
ひとりで強がって、苦しんで。
泣けば少しは肩の荷も降ろせる。
見開いた彼女の目。
きれいなガラス球のようで。
その目が潤むのを俺はただ黙って見つめていた。
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