137 夏衣 まだひとへなる うたゝ寝に
    心して吹け 秋の初風
                        安法〃師
まだ夏の単を着たままのうたた寝だから、気を配って吹いておくれ、秋の初風よ。
138 秋は来ぬ 龍田の山も 見てし哉(がな)
       しぐれぬさきに 色やかはると
                        よみ人しらず
紅葉の季節の秋が来た。紅葉の名所の龍田山の様子もこの目で見たいものだ。紅葉を染めるという時雨が降る前に、立秋になったというだけで木の葉の色が変わるかどうかと。
139 萩の葉の そよぐ音こそ 秋風の
       人に知らるゝ 始(はじめ)なりけれ
                         貫之
萩の葉が風になびき、そよそよと立てる音こそ、秋風が人に気づかれる最初のことであった。
140 八重葎 茂れる宿の 寂しきに
     人こそ見えね 秋は来にけり
                        恵慶法師
八重葎が生い茂って荒れ果てた河原院はただでさえ寂しいのに、人の姿は見えないで、秋が訪れてきたことだ。
141 秋立ちて いく日もあらねど この寝ぬる
       朝けの風は 袂涼しも
                        安貴王
立秋になってから幾日も経たないのにこの寝起きの夜明けの風は、袖に冷たく感じられることだ。
142 彦星の 妻待つ宵の 秋風に
      我さへあやな 人ぞ恋しき
                         躬恒
牽牛星が妻の織女星に逢うのを待つ七夕の宵の肌寒い秋風によって、私までがなぜかわけもなく人恋しくなってくる。
143 秋風に 夜の更けゆけば 天の河
      河瀬に浪の 立ち居こそ待て
                         貫之
秋風が吹くさなか、夜も更けていくので、あなたが訪れてくるのを、天の川の川瀬に立つ波ではないが、私は立ったり座ったりして、待ちこがれていることです。
144 天の河 遠き渡(わたり)に あらねども
      君が船出は 年にこそ待て
                          柿本人麿
天の川はそれほど遠い渡し場というわけではないが、あなたの船出は1年かけて待っていることだ。
145 天河 去年(こぞ)の渡の うつろへば
    浅瀬踏む間に 夜ぞ更けにける
天の川は去年の渡り場が変わってしまったので、浅瀬のあちこちを踏み探している間に、夜が更けてしまった。
146 さ夜更けて 天の河をぞ 出でて見る
        思ふさまなる 雲や渡ると
                          よみ人知らず
夜更けになって天の川を外に出て見る。ひょっとしたら思い通りの様子をした雲(ここでは願い事を成就を予兆する雲のこと)がかかっているかと。
147 彦星の 思(おもひ)ますらん 事よりも
      見る我苦し 夜の更けゆけば
                          湯原王
たまの逢瀬なのに、時が早く過ぎ去って、牽牛星が物思いを増していくことよりも、天の川を見遣る私のほうが同情して辛く思われる。
148 年に有(あり)て 一夜妹(いも)に 逢う彦星も
           我にまさりて 思(おもふ)覧(らん)やぞ
                           人麿
一年中逢うこともなく過ごして、ようやく一夜だけ妻の織女星に逢う牽牛星も、この自分にも増して物思いするだろうか、いやこれほどでもあるまい。
149 たなばたに  脱ぎてかしつる 唐衣
         いとゞ涙に 袖や濡るらん
                           貫之
織女星に脱いで貸した唐衣は、ますます涙で袖が濡れることであろう。
150 一年(ひととせ)に 一夜と思へど たなばたの
            逢ひ見む秋の 限なき哉
一年に一夜の逢瀬ではあるが、牽牛星織女星との愛情は千秋万歳と限りないことです。
151 いたづらに 過ぐる月日を たなばたの
        逢ふ夜数と 思はましかば
                           恵慶法師
逢うこともなくむなしく過ぎてゆく月日を、逆に織女星が牽牛星と夜の数と思うなら、どれほど嬉しいことだろう。
152 いとゞしく 寝も寝ざるらんと 思哉(おもふかな)
       今日(けふ)の今宵に 逢へるたなばた
                            元輔
ますます寝られないだろう、と思うことだ。七夕でしかも庚申の日にあたる今日の今宵に牽牛星と出逢った織女星は。
153 逢ひ見ても 逢はでも嘆く たなばたは
        いつか心の のどけかるべき
                            よみ人知らず
牽牛星との逢瀬が叶っても、束の間の出会いを嘆き、逢うことが出来ないでそれをまた嘆く織女星は、いつ心が落ち着くことがあろうか、いや到底ないだろう。
154 我が祈る 事は一つぞ 天河(あまのがは)
       空に知りても 違(たが)へざら南(なん)
私が願うことはただひとつだ。天の川よ、天空で上の空で聞いても、祈ったことを間違えないでおくれ。
155 君来ずは 誰に見せまし 我が宿の
       垣根に咲ける 槿(あさがほ)の花
いったいあなたが来なかったならば、他の誰に見せようか、我が宿の垣根に咲いている、この朝顔(桔梗?槿(むくげ)?牽牛子(けにごし)か?諸説ある)の花を。
156 女郎花 多かる野辺に 花薄(すゝき)
      いづれをさして 招くなるらん
女郎花が数多く咲いている野辺で、薄(すすき)の花は一体どの花をさして招いているのであろうか。(ここでは女郎花=女性、尾花(花薄)=男性と読む)
157 手もたゆく 植へしもしるく 女郎花
        色ゆへ(ゑ)君が やどりずる哉(かな)
手もだるくなるほど苦労して移し植えた甲斐があって、女郎花の色の美しさに魅せられてあなたが泊まってくれたことだ。
158 くちなしの 色をぞ頼む 女郎花
       花にめでつと 人にかたるな
                           小野宮太政大臣
梔子(くちなし)色の口無しというところを頼りにしているのだ。女郎花よ、花の美しさに魅せられて愛してしまったなどということを、どうか他の人に語ってくれるな。
159 女郎花 にほふあたりに むつるれば
      あやなく露や 心置くらん
                            能宣
女郎花の花が美しく咲いている辺りに、親しげに近寄っていったならば、むやみに露が気にかけて、心隔てをすることだろうか。
160 白露の 置くつまにする 女郎花
      あなわづらはし 人な手触れそ
                            よみ人知らず
白露が置く端(つま)として妻にする女郎花、ああ、厄介なことになるから、他の人は手を触れてはいけない。(露と女郎花を夫婦と読む)
161 日暮らしに 見れども飽かぬ 女郎花
        野辺にや今宵 旅寝しなまし
                            藤原長能
日が暮れるまで一日中見ていても、飽きることのない女郎花だ。この野辺に今宵は旅寝をしようか。
162 萩の葉も やゝうちそよぐ ほどなるを
       など雁がねの 音なかるらん
                            恵慶法師
秋風に萩の葉もいよいよそよぐ音をたてる頃になったのに、どうして雁の鳴く声が聞こえないのだろう。
163 かりにとて 来べかりけりや 秋の野の
        花見るほどに 日も暮れぬべし
                            よみ人知らず
この花の美しい野辺に、狩りにといって、そのついでに仮に来るべきだったのか、いやそうすべきではなかった。秋の野の花を見ているうちに、日も暮れてしまいそうだ。
164 秋の野の 花の名立てに  女郎花
        かりにのみ来む 人に折らるな
秋の野の花の名折れになるから、女郎花よ、狩りにだけやってくるような、仮そめの出逢いの人に折られるな。
165 かりにとて 我は来つれど 女郎花
        見るに心ぞ 思(おもひ)つきぬる
                            紀貫之
狩りに自分はやってきて、狩りに立ち寄ったのだが、美しい女郎花を見たら、そちらに心が惹かれて思慕するようになってしまった。
166 かりにのみ 人の見ゆれば 女郎花
        花の袂ぞ 露けかりける
小鷹狩りのついでに仮にばかり人が姿を見せるので、女郎花の袂は悲しみの涙で露っぽくなっていることだ。
167 栽(うゑ)たてて 君が標結ふ 花なれば
           玉と見えてや 露も置くらん
                            伊勢
わざわざお植えになって、上皇が我が物と秘蔵しておられる花なので、玉とみえるように、露も置くのであろう。
168 来で過ぐす 秋はなけれど 初雁の
        聞くたびごとに めづらしき哉
                            よみ人知らず
雁が来なくて過ごす秋はないけれども、初雁の声は聞くたびごとに新鮮に感じられることだ。
169 相坂(あふさか)の 関の岩角 踏みならし
             山立ち出づる 桐原の駒
                            大弐高遠
逢坂の関のごつごつとした岩の角を踏みしめながら、霧のたつさなか、都に向かって山から出で立つ、桐原の駒よ。
170 相坂の 関の清水に 影見えて
      今や引くらん 望月の駒
                            貫之
満月の影が映る逢坂の関の清水に姿を見せて、今まさに牽いていることであろう、あの望月の駒を。
171 水の面(おも)に 照る月浪を かぞふれば
           今宵ぞ秋の 最中なりける
                            源順
小波が立つ池の水面に照り映っている月を見て、月日の数を数えてみれば、今宵は秋の最中の八月十五夜であったよ。
172 秋の月 浪の底にぞ 出でにける
      待つらん山の かひやなからん
                            能宣
秋の月がなんと波の底から出てしまった。月の出を待っていた山の峡はかいがなかったことだろう。
173 秋の月 西にあるかと 見えつるは
      更けゆく夜半(よは)の 影にぞ有りける
                            源景明
秋の月が西の方にあると見えたのは、夜が更けて、池の水面に映った夜半の月影であった。
174 飽かずのみ 思ほえむをば いかゞせん
         かくこそは見め 秋の夜の月
                            元輔
月の素晴らしさがいつまでも飽きることなく思われるのは、いったいどうしたらよいだろうか。いや、このように熱心に見たいものだ。
175 こゝにだに 光さやけき 秋の月
        雲の上こそ 思ひやらるれ
                           藤原経臣
我々の前でさえ光が澄み切っている秋の月は、帝の御前ではどれだけ清らかのことか、と思いやられることだ。
176 いづこにか 今夜(こよひ)の月の 見えざ覧(らん)
        飽かぬは人の 心なりけり
                           躬恒
どこといっても今宵の月の見えないところはないはずだ。それなのにどこまでも飽き足りないのは人の心で、あちこちに浮かれ出ていることだよ。
177 終夜(よもすがら) 見ては明かさむ 秋の月
            今宵の空に 雲なからなん
                           兼盛
一日中秋の月を見ていて、夜を明かそう。今宵の空に雲がかからないで欲しい。
178 おぼつかな いづこなる覧(らん) 虫の音を
         たづねば草の 露や乱れん
                           藤原為頼
どうもはっきりしない、いったいどこで鳴いているのであろう?でも虫の音を探し求めて草むらを分けて行ったならば、せっかくの草の上に置いた露が、乱れこぼれてしまうことであろう。
179 いづこにも 草の枕を 鈴虫は
        こゝを旅とも 思はざらなん
                           伊勢
どこにでも草の枕をする鈴虫は、この庭を我が家として、旅の宿とは思わないで欲しい。
180 秋来れば はたをる虫の あるなへに
       唐錦にも 見ゆる野辺哉(かな)
                           貫之
秋になると機(はた)織る虫があるのに応じて、唐錦にも見える野辺の景色だよ。
181 契(ちぎり)剣(けん) 程や過ぎぬる 秋の野に
              人松虫の 声の絶えせぬ
                           よみ人知らず
約束した日が過ぎたのであろうか、秋の野に人を待つ松虫の声が、絶えず聞こえてくることだ。
182 露けくて 我が衣手は 濡れぬとも
      折(をり)てを行かん 秋萩の花
                           躬恒
露っぽくて、たとえ私の袖が濡れようとも、手折っていこう、この美しい秋萩の花を。
183 うつろはむ 事だに惜(し)き 秋萩を
        折れぬ許(ばかり)も 置ける露哉(かな)
                           伊勢
色あせてゆくことだけでも惜しく思われるこの秋萩の花だ。それなのに、更に今にも折れてしまいそうなほどにも置いている露だよ。
184 我が宿の 菊の白露 今日(けふ)ごとに
       幾世積もりて 淵となる覧8らん)
                           元輔
我が家の菊の白露は、これから毎年の九月九日ごとにいったい幾代積もり溜まって、淵となるのだろうか。
185 長月の 九日(こゝのか)ごとに 摘む菊の
      花もかひなく 老おにける哉(かな)
                           躬恒
毎年の九月九日ごとに摘む、菊の花の甲斐もなく、年老いてしまったことだ。
(9月9日の重陽ー菊の節供ともーは不老長寿を願う節供である)
186 千鳥鳴く 佐保の河霧 立ちぬらし
       山の木の葉も 色かはり行(ゆく)
                           忠岑
千鳥が鳴く佐保川の川霧は、今頃きっと立ち込めているだろう。山の木の葉も紅葉して色が変わっていくことだ。
187 風寒(さむ)み 我が唐衣 打つ時ぞ
          萩の下葉も 色まさりける
                           貫之
風が寒くなったので、私の衣服を砧で打つ折しも、萩の下葉も一段と色美しくなった。
188 神なびの みむろの山を 今日(けふ)見れば
       下草かけて 色づきにけり
                           曾禰好忠
神奈備の三室の山を今日眺めやると、木が紅葉しているばかりでなく、下草までが色づいていることだ。
189 紅葉せぬ ときはの山は 吹(ふく)風の 
       音にや秋を 聞きわtるらん
                           大中臣能宣
紅葉することがない、常緑という名をもつ常盤の山は、草木の色づきによって秋を知ることが出来ないから、吹く風の音で秋であることを聞き分けるのであろうか。
190 紅葉せぬ ときはの山に 住む鹿は
       をのれ鳴きてや 秋を知る覧8らん)
紅葉しない常盤山に住む鹿は、自分で鳴いて秋を知るのであろうか。
191 秋風の 打吹(うちふく)ごとに 高砂の
      尾上(おのへ)の鹿の 鳴かぬ日ぞなき
                           よみ人知らず
秋風の吹く度ごとに、高砂の尾上の鹿の鳴かない日はない。
192 秋風を そむく物から 花薄(すゝき)
     行く方をなど 招くなるらん
秋風が吹いてくると顔をそむけるのに、花薄は秋風が吹き過ぎて行く方に向かって、どうして招くのだろうか。
193 紅葉見に やどれる我と 知らねばや
       佐保の河霧 立ち隠す覧
                           恵慶法師
紅葉を見に来て宿泊した私とわからないためか、佐保の川の霧が立って、佐保山の紅葉を隠しているようだ。
194 もみぢ葉の 色をし添へて 流(なが)るれば
        浅くも見えず 山河の水
                           よみ人知らず
紅葉の葉の深い色を添えて流れているので、浅いともいえない、この山川の水は。
195 もみぢ葉を 今日(けふ)は猶(なほ)見む 暮れぬとも
        小倉の山の 名にはさはらじ
                           能宣
この美しい紅葉を今日はもっと見ていよう。たとえ日が暮れたとしても、紅葉は赤く、明るいから、小暗いという小倉山の名も差し障りにはなるまいと思うので。
196 秋霧の 立(た)たまくお(を)しき 山地哉(やまぢかな)
      紅葉の錦 織り積もりつゝ
                           読人知らず
紅葉を隠す秋霧の立つのが惜しいが、また、立ち帰るのが惜しまれる山路だよ。この山路には紅葉の錦が織り積もり、ずっと続いているので。
197 水のあやに 紅葉の錦 重ねつゝ
        河瀬に浪の たゝぬ日ぞなき
                           健守法師
波紋すなわち水の綾に、紅葉の錦を重ねながら、川瀬に波が立ち、綾や錦を裁たない日はない。
198 名を聞けば 昔ながらの 山なれど
        しぐるゝ秋は 色まさりけり
                           順
名は聞くと、昔ながら変わることのない、長等山ではあるけれど、時雨が降る秋は一段と色がまさることだった。
199 昨日より 今日(けふ)はまされる もみぢ葉の
       明日の色をば 見でや止みなん
                           恵慶法師
昨日より今日の色の美しさが一段とまさっている紅葉の葉の、明日の色を見ないで止めようとするのか。
200 もみぢ葉を 手ごとに折りて 帰りなん
        風の心も うしろめたきに
                           源延光朝臣
この美しい紅葉の枝をそれぞれに手折って持ち帰ろう。風の散らそうとする心が気がかりだから。
201 枝ながら 見てを帰(かへ)らん もみぢ葉は
       折らんほどにも 散りもこそすれ
                           源兼光
折ることなく、木に枝のついたまま、紅葉を見て帰ろう。この紅葉の葉は、折ろうとする間にも散ってしまうといけないから。
202 河霧の 麓(ふもと)をこめて 立(たち)ぬれば
      空にぞ秋の 山は見えける
                           深養父
川霧が山の麓を隠して立っているので、空に浮かんでいるように秋の山が見えていることだ。
203 水うみに 秋の山辺を うつしては
       はたばり広き 錦とぞ見る
                           法橋観教
湖水に秋の山辺の景色を映して、なんと横幅の広い錦と見えることだ。
204 今よりは 紅葉のもとに 宿りせじ
       お(を)しむに旅の 日数えぬべし
                           恵慶法師
これからは紅葉の美しい場所に宿ることはするまい、立ち去るのを惜しんでいるうちに、旅の予定の日程がどんどん経ってしまうに違いないから。
205 とふ人も 今はあらしの 山風に
       人松虫の 声ぞかなしき
                           よみ人知らず
季節も秋の末近くになり、訪ねる人ももうあるまいと思われる。嵐山の山風の音に交じって、人を待つ、松虫の声が悲しく聞こえてくる。
206 散りぬべき 山の紅葉を 秋霧の
        やすくも見せず 立(たち)隠すらん
                           貫之
今にも散ってしまいそうな山の紅葉を、どうして秋霧はたやすくも見せないで、立ち隠しているのだろうか。
207 秋山の あらしの声を 聞く時は
      木の葉ならねど 物ぞかなhしき
                          僧正遍正
秋山を荒らす嵐の声を聞く時は、風に散らされる木の葉ではないが、なんとなく悲しくなってくることだ。
208 秋の夜に 雨と聞(きこ)えて 降る物は
       風にしたがふ 紅葉なりけり
                           貫之
秋の夜に雨の音のように聞こえて降るものは、風に従って散る紅葉の音であった。
209 心もて 散らんだにこそ 惜しからめ
      などか紅葉に 風の吹(ふく)らん
紅葉が自分の意志で散るとして、それだけでも惜しく思われるだろうに、その上にどうして紅葉に風が吹くのだろう。
210 朝まだき、嵐の山の 寒ければ
       紅葉の錦 着ぬ人ぞなき
                           右衛門督公任
朝まだ早く、嵐の山の辺りは風が吹いて肌寒いので、紅葉の錦を着ない人はいない。
211 秋霧の 峰にも尾にも たつ山は
      紅葉の錦 たまらざりけり
                           能宣
秋霧が峰にも尾にも立つ山は、紅葉の錦を裁つからいくら織っても溜まらず、紅葉がよく見えないことだ。
212 色ゝの 木の葉流るゝ 大井河
      下は桂の 紅葉とや見ん
                           壬生忠岑
色とりどりの木の葉が流れる大井川、下流の桂川では、桂の紅葉と見るだろうか。
213 招くとて 立(たち)も止まらぬ 秋ゆへに
      あはれ片寄る 花薄(すゝき)哉(かな)
                           好忠
いくら招いても立ち止まりもしない秋なのに、ああ、可憐にも秋の去り行く方になびいている薄の花だよ。
214 暮れてゆく 秋の形見に 置く物は
        我が元結(もとゆひ)の 霜にぞありける
                           平兼盛
暮れて去っていく秋が、形見として残して置くものは、私の元結の霜、すなわち白髪であった。