469 ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ
        あやめもしらぬ こひもするかな
                         (読人しらず)
(ほととぎずの鳴く五月に咲くあやめという名のように)あやめ(世の道理)もわきまえぬような激しい恋をするものです。
470 おとにのみ きくの白露 よるはおきて
        ひるは思ひに あへずけぬべし
                  (素性法師)
あなたのことを噂に聞くだけで、本当に事も知らない私は夜はおきて恋あかし、昼は胸の思いに堪えきれず死んでしまいそうです。
471 吉野河 いは浪高く 行く水の
      はやくぞ人を 思ひそめてし
                   (紀貫之)
(吉野河の岩の間を波を高くあげて流れる水のはやいように)ずっと以前に私はあなたを恋はじめてしまっていました。
472 白浪の あとなき方に 行く舟も
      風ぞたよりの しるべなりける
                  (藤原勝臣)
白波のたった跡さえもないような、まったく目当てもない方向に航行する舟でも、吹き来る風が頼りになる案内者であるよ。(しかし私には恋の案内者はいない)
473 おとは山 おとにききつつ 相坂の
       関のこなたに 年をふるかな
                  (在原元方)
あなたのことを噂で聞きながら、逢うこともできないで年をすごしてしまうことでしょうね。
474 立ち帰り あはれとぞ思ふ よそにても
       人に心を おきつ白浪    
繰り返し繰り返し、恋しいと思うことです。遠く離れていても私はあなたに愛情を寄せきっています。
475 世の中は かくこそ有りけれ 吹く風の
       めに見ぬ人も こひしかりけり
                  (つらゆき)
男女の縁というものはこのようなものであったようだ。噂を聞いたばかりで、まだ見たこともない人でもこんなに恋しいことだ。
476 見ずもあらず 見もせぬ人の こひしくは
         あやなくけふや ながめくらさむ 
               (在原業平朝臣)      
まったく見ないということでもなく、逢ったわけでもない、ただ御簾越しにほのかに見えたあなたが恋しくて、わけもなく今日は一日中物思いに沈んで暮らすのであろうか。
477 しるしらぬ なにかはあやなく わきていはむ
        思ひのみこそ しるべなりけれ
                (よみ人しらず)
(476の返し)私を見知ったとか、見知らないとか、どうしてそんな無用な詮議だてをするのですか。(そんなことはどうでもよいのに)ただ本当の愛情だけが案内ですよ。
478 かすがのの ゆきまをわけて おひでくる
         草のはつかに 見えしきみはも
             (みぶのただみね)
(春日野の残雪の雪の間を押し分けて生え出す若草のように、ほんの少しばかり見えたあなたは。(なんと恋しいのだろう)
479 山ざくら 霞のまより ほのかにも
      見てし人こそ こひしかりけれ
                  (つらゆき)
(美しく咲いた山の桜を霞のたなびいた間からながめるように)ほのかにあの日、お見受けしたあなたが恋しいことです。
480 たよりにも あらぬおもひの あやしきは
        心を人に つくるなりけり
                   (もとかた)
ことづてを運ぶ使いでもない物思いの不思議なことは、私の恋情をあなたに届けたことであります。
481 はつかりの はつかにこゑを ききしより
        中ぞらにのみ 物を思ふかな
               (凡河内みつね)
あなたの声をほんのわずかに聞いて以来、私は心が宙に浮いたようにばかり物思いをすることです。
482 逢ふ事は くもゐはるかに なる神の
       おとにききつつ こひ渡るかな
                  (つらゆき)
私がお目にかかることは、空の雲の遠くはなれているようにはるか先になるが、あなたの噂を耳にしながら恋つづけています。
483 かたいとを こなたかなたに よりかけて
        あはずはなにを たまのをにせむ
片よりの糸二本をあちらにもこちらにもよりをかけて、より合わせないのでは、なにを玉に貫く緒にしようか。(私はあなたと親しくならなくては、なにを命をつなぐ緒としようか。命をつなぐものがなくなってしまう。)
484 夕ぐれは 雲のはたてに 物ぞ思ふ
       あまつそらなる 人をこふとて
夕暮れになると私は空の果てをながめて物思いをすることであるよ。空高くにいる人を恋慕うとて。
485 かりごもの 思ひみだれて 我こふと
        いもしるらめや 人しつげずば
心も乱れて私が恋こがれていると、あのいとしい女は知っているのであろうか。だれも告げ知らせないならば。
486 つれもなき 人やねたく しらつゆの
        おくとはなげき ぬとはしのばむ
いくら恋慕っても応えてもくれないあの人を、くやしくも私はどうして起きては嘆き、寝ては思い出すのでしょうか。
487 ちはやぶる かもの社の ゆふだすき
        ひとひも君を かけぬ日はなし
(賀茂神社の神官たちは木綿だすき(ゆふだすき)をかけて仕えるが)私はただの一日たりとも、あなたのことを心にかけて思わない日はない。
488 わがこひは むなしきそらに みちぬらし
        思ひやれども ゆく方もなし
私の恋は何もなかった空いっぱいになってしまったようです。私の思いを晴らそうと追いやってもどこにも行く余地がありません。
489 するがなる たごの浦浪 たたぬ日は
        あれども君を こひぬ日はなし
駿河の国の田子の浦の波は立たない日はあるけれども、私があなたを恋い慕わない日はありません。
490 ゆふづく夜 さすやかべの 松のはの
        いつともわかぬ こひもするかな
(夕月が照らす岡辺に生えている常緑の松の葉のように)いつとも区別のできないような恋をすることであります。
491 葦引きの 山した水の こがくれて
       たぎつ心を せきぞかねつる
(山のふもとを流れる水が木の葉にかくれながら急流をなすように)人知れずわきたつ私の恋情をせきとめかねることであります。
492 吉野河 いはきりとほし 行く水の
      おとにはたてじ こひはしぬとも
(吉野河の岩を切り通して激しい音をたてて流れる水のように)うわさになるようなことはいたしますまい。たとえ恋こがれて死んでしまおうとも。
493 たぎつせの なかにもよどは ありてふを
         などわがこひの ふちせともなき
激しい急流の中にでも、途中には静かに淀むところもあるというのに、どうして私の恋には淀む淵や、流れの速い瀬のような区別もないのであろうか。
494 山高み した行く水の したにのみ
      流れてこひむ こひはしぬとも
山が高いのでふもとを流れる水が、木の葉の下ばかり隠れて流れるように、私も心のうちだけで恋続けていよう。たとえ恋焦がれて死のうとも。
495 思ひづる ときはの山の いはつつじ
       いはねばこそあれ こひしき物を
あなたのことを思い出すときは(常盤の山の岩つつじではないが)口に出してこそいはないでいるが、本当は恋しくてたまらないのに。
496 人しれず おもへばくるし 紅の
       すゑつむ花の いろにいでなむ
人に知られないように恋い慕っているのでまとこに苦しいことです。(紅い末摘花が急に色に出るように)こらえられなくなるなって、顔色に出てしまうでしょう。
497 秋の野の をばなにまじり さく花の
       いろにやこひむ あふよしをなみ
(秋の野原の尾花にまじって咲く花の目立つように)私もはっきりと顔色に出して恋い慕うようにしようか。ひそかに逢う方法がないので。
498 わがそのの 梅のはつえに 鶯の
         ねになきぬべき こひもするかな
(我が家の庭にある梅の高い枝でうぐいすが鳴くように)私も声を出してないてしまいそうな恋をすることであるよ。
499 あしびきの 山ほととぎす わがごとや
        君にこいつつ いねがてにする
山から出てきたほととぎすも私と同じように、いとしい方に恋こがれて寝られないのであろうか。(夜通し鳴き声が聞こえるが)
500 夏なれば やどにふすぶる かやり火の
       いつまでわが身 したもえをせむ
(夏であればいつでもくすぶっている蚊遣り火のように)いつまで私自身は、恋の火を人知れず燃えつづけさせることであろうか。
501 恋せじと みたらし河に せしみそぎ
      神はうけずぞ なりにけらしも
もう恋などするまいと、せっかくみたらし河で行った私のみそぎを神は納受してくださらなかくなってしまったようです。
502 あはれてふ 事だになくば なにをかは
         恋のみだれの つかねをにせむ
もし「あはれ」という言葉さえもないならば、一体何を恋のために乱れてしまった私の心を取りまとめるものとしましょうか。(「あはれ」ということばがあるので、恋に乱れた私の心をそれで取りまとめています。)
503 おもふには 忍ぶる事ぞ まけにける
        色にはいでじと おもひし物を
恋い慕う強い心には、じっとがまんしようとする心が負けてしまった。けっして顔色には出すまいと思っていたのに。(ついに人にしられるようになってしまった)
504 わがこひを 人しるらめや 敷妙の
        枕のみこそ しらばしるらめ
私の恋こがれていることを誰が知っている人があるであろうか。もしあるならば、私の枕だけが知っているであろうか。
505 あさぢふの をののしの原 しのぶれど
        人しるらめや いふ人なしに
(まばらに茅が生えている小野である篠原)私が恋こがれながらじっと忍んでいるということをも、あの方は知っているであろうか。だれも告げ知らせる人もなくて。
506 人しれぬ 思ひやなぞと あしがきの
       まぢかけれども あふよしのなき
あのかたに知られない恋など、なんの意味があるのでしょうか、なんの意味もないことではないかと思うが、ほんのすぐ間近に住みながら逢う手立てがないことである。
507 思ふことも こふともあはむ 物なれや
        ゆふてもたゆく とくるしたひも
たとえいかに思っても、いかに恋慕っても、逢うこのできる人ではない。なのに結ぶ手がだるくなるほどいくたびもいくたびも下紐が解けることであります。
508 いで我を 人なとがめそ おほ舟の
       ゆたのたゆたに 物思ふころぞ
さあ、私を誰も咎めてくれるな、(大舟がゆらりゆらりと揺れるように)ゆれにゆれて心も定まらず、恋こがれている最中であるから。
509 伊勢の海に つりするあまの うけなれや         心ひとつを 定めかねつる
私は伊勢の海で魚釣りをしている漁夫の釣り糸の浮きであるからだろうか。私のただひとつの心を定めかねていることであるよ。
510 いせのうみ あまのつりなは 打ちはへて
        くるしとのみや 思ひ渡らむ
(伊勢の海の漁夫が釣り縄を長く伸ばすように)私はいつまでも長い間、こんなに苦しいとばかり思いつづけることでしょうか。
511 涙河 何みなかみを 尋ねけむ
    物思ふ時の わが身なりけり
涙河の源などなぜ私はさがしたのでしょうか。それはほかでもない、悲しい物思いをするときの私自身であります。
512 たねしあれば いはにも松は おひにけり
         恋をしこひば あはざらめや
種があったので、固い岩の上にさえ生える松は生えたのであります。私も恋いつづけたならば、いかに困難であろうとも逢わないということがあろうか。必ず逢えるであろう。
513 あさなあさな 立つ河霧の 空にのみ
         うきて思ひの ある世なりけり
(毎朝毎朝立ち込める河霧のように)私の恋の思いが定まらず、空にばかりういているこの世の中であります。
514 わすらるる 時しなければ あしたづの
        思ひみだれて ねをのみぞなく
忘れようとしても忘れるときがないので、心も乱れて声をあげて泣くばかりです。
515 唐衣 ひもゆふぐれに なる時は
    返す返すぞ 人はこひしき
日が西に傾いて、夕暮れになってくると、いかにもいかにもあの人が恋しいことであります。
516 よひよひに 枕さだめむ 方もなし
        いかにねし夜か 夢に見えけむ
私は毎晩毎晩、どちらの方向に枕をむけて寝たらよいのか。方向も決まっていない。どのようにして寝た夜、あの人が夢に見えたのであろうか。
517 恋しきに 命をかふる ものならば
       死にはやすくぞ あるべかりける
人を恋慕う苦しさと私の生命とを、もし交換することができるのならば、、死ぬということはいたって容易なことであろう。(恋がかなうならば命など惜しくはない)
518 人の身も ならはし物を あはずして
       いざ心みむ こひやしぬると
人の身も習慣によってどうにでもなるものであるよ。いとしい人に逢わないで、さあためしてみようか、はたして恋い焦がれて死ぬかどうかということを。
519 忍ぶれば 苦しき物を 人しれず
        思ふてふ事 誰にかたらむ
恋慕いながらじっとがまんしているというので、まことに苦しいことです。相手にも知ってもらえず、ただ一人で思いなやんでいるということを、いったい誰に打ちあけたらよいでしょうか。
520 こむ世にも はや成りななむ 目の前に
        つれなき人を 昔とおもはむ
来世にでも早くなってしまってほしいものである。今目の前で私の愛情を受けてもくれない人を、昔の人と思ってしまおう。
521 つれもなき 人をこふとて 山びこの
        こたへするまで なげきつるかな
私の愛情を受け入れてもくれない人を恋い慕うとて、こだまが反響してくるほど大きな嘆息をもらしてしまったことです。
522 ゆき水に かずかくよりも はかなきは
       おもはぬ人を 思ふなりけり
流れてゆく水の上に数をしるすよりももっとはかないのは、思ってくれない人を恋い慕うことであります。
523 人を思ふ 心は我に あらねばや
       身の迷ふだに しられざるらむ
いとしい人を恋い慕う心は、もう自分ではなくなっているからであろうか、わが身がこれほどとまどっていることすら、心にはわからないようである。
524 思ひやる さかひははるかに なりやする
       まどふ夢路に あふ人のなき
いとしい人のことをあれやこれやと思いめぐらしている想像の地域があまりに遠くまでひろがりすぎたのであろうか。私の心は夢路をまどっているが、あの人に行き逢うこともないのである。
525 夢の内に あひ見む事を たのみつつ
       くらせるよひは ねむ方もなし
せめて夢の中でなりとも、いとしい人に逢うことを心頼みにして日を暮らした晩は、ねむるべきすべもなく、夢にさえ見ることができない。
526 こひしねと するわざならしむ むばたまの
        よるはすがらに 夢に見えつつ
これでは恋いこがれて死んでしまえというやり方であるらしい。夜は夜通し夢に見えながら、少しもあってくれないのによれば
527 涙河 枕ながるる うきねには
    夢もさだかに 見えずぞありける
涙の河で枕が流れるような浮寝をしているのでいとしい人の夢もはっきりとは見えないことであるよ。
528 恋すれば わが身は影と 成りにけり
       さりとて人に そはぬ物ゆゑ
恋いこがれたので、私のからだはやせ細って物影になってしまった。物影になったといっても恋いしい人にはそえないくせに。
529 篝火に あらぬわが身の なぞもかく
      涙の河に うきてもゆらむ
魚を取るためのかがり火でもないのに、私のからだがどうしてこのように涙の河に浮いてこがれているのであろうか。
530 かがり火の 影となる身の わびしきは
         流れてしたに もゆるなりけり
魚を集めるためにたくかがり火の影同然になったわが身のわびしいことは、いつまでも心の奥深くで恋い焦がれることであります。
531 はやきせに みるめおひせば わが袖の
         涙の河に うゑまし物を
流れの早い瀬にもし、海松布(みるめ)が生えたならば、私の袖の涙川に植えようものを。(そうすれば恋しい人を見る折もあるから)
532 おきへにも よらぬたまもの 浪のうへに
        みだれてのみや こひ渡りなむ
(海の沖にも岸辺にも寄らず漂っている玉藻が波の上に乱れているように)、私の心も乱れてばかりいていつまでも恋つづけることであろうか。
533 あしがもの さわぐ入江の 白浪の
        しらずや人を かくこひむとは
(葦鴨がさわいでいる入江に打ち寄せる白波という言葉のように)あなたは知らないのですか、私がこれほど恋い慕っているであろうことをば。
534 人しれぬ 思ひをつねに するがなる
       ふじの山こそ わが身なりけれ
だれにも知られぬ恋の思いをたえずしている駿河の国の富士山こそ、実は私自身なのですよ。
535 とぶとりの こゑもきこえぬ 奥山の
        ふかき心は 人はしらなむ
(空を飛ぶ鳥の鳴き声さえも聞こえない奥山のような)深い深い私の愛情を、あの方だけには知ってもらいたいものです。
536 相坂の ゆふつけどりも わがごとく
      人やこひしき ねのみなくらむ
逢坂の関にいる木綿(ゆう)つけ鳥も、私のように人が恋しいのであろうか、声をあげて鳴いてばかりいる。
537 相坂の 関にながるる いはし水
      いはで心に 思ひこそすれ
(逢坂の関に流れている岩清水という名のように)私は口に出して言わないで、心の中で思っているばかりである。
538 うき草の うへはしげれる ふちなれや
       深き心を 知る人のなき
浮き草が表面いっぱいに茂っている淵であるからであろうか、私の深い心(愛情)を知ってくれる人がいないことである。
539 打ちわびて よばはむ声に 山びこの
        こたへぬ山は あらじとぞ思ふ
わびしさのあまり、つい呼びかける私の声に対して、やまびこの反響しない山はあるまいと思うことである。
540 心がへ する物にもが かたこひは
      くるしき物と 人にしらせむ
相互に心を取り替えることができればよいのに。そうして片恋はまことに苦しいものであるということを相手に知らせよう。
541 よそにして こふればくるし いれひもの
        おなじ心に いざむすびてなむ
遠く離れて恋い慕っているので、まことに苦しいことである。二人の心を同じにして、さあ契りを結んでしまおう。
542 春たてば さゆる氷の のこりなく
       君が心は 我にとけなむ
(春になればいつでも解けてしまう氷のように)すっかりあなたの心は私にうちとけてほしいものです。
543 あけたてば 蝉のをりはへ なきくらし
         よるはほたるの もえこそわたれ
夜が明けはなれると、(蝉のように)長く日が暮れるまで泣きとおし、夜は(蛍のように)夜どおし恋いこがれつづけていることである。
544 夏虫の 身をいたづらに なすことも
      ひとつ思ひに よりてなりけり
夏の虫が火に慕いよって身を焼きほろぼしてしまうことも、恋いこがれている私と全く同じ「思」によってであります。
545 ゆふされば いとどひがたき わがそでに
        秋のつゆさへ おきそはりつつ
夕暮れになったのでいよいよ涙が増して流れ乾きにくい私の袖に、さらに秋の露まで置き加わっていることです。
546 いつとても こひしからずは あらねども
        秋のゆふべは あやしかりけり
いつといっても恋しくないときはないけれども、とくに秋の夕暮れは恋しいどころではなく、まことに不思議であります。
547 秋の田の ほにこそ人を こひざらめ
       などか心に 忘れしもせむ
(秋の田の稲穂のように)はっきり目立つばかり、あなたを恋い慕うようなことはしないけれども、どうして心の中であなたのことを忘れるようなことをしようか。(忘れるようなことはけっしてありません)
548 あきのたの ほのうへをてらす いなづまの
        ひかりのまにも 我やわするる
秋の田の稲穂の上を照らす電光のようなほんの瞬間たりとも、私はあなたのことを忘れようか。(ほんの一瞬たりとも忘れてはいない)
549 人めもる 我かはあやな 花すすき
       などかほにいでて こひずしもあらむ
人目をはばかるような私であろうか、そんなばかなことを。(花の咲いたすすきのように)どうして公然と人目にたつように恋をしないことがあろうか。(公然と恋をしてしまおう)
550 あは雪の たまればかてに くだけつつ
       わが物思ひの しげきころかな
(こまかな雪が積もったかと思うとすぐ砕けてしまうように)、このごろは私の心もくだけ、いよいよ物思いのしげく重なることであるよ。
551 奥山の 菅のねしのぎ ふる雪の
      けぬとかいはむ こひのしげきに
(奥山に生えているという菅をおしなびけて降る雪の消えるように)、私も消えて(死んで)しまったというおうか、恋のはげしさに堪えかねて。