夢路の果て





忘れられない愛しい人。

あなたに拒絶されてもなお、私の心はあなたを求める。

だめなの。

あなたを忘れることなんてできないの。






双ヶ丘ー泰明ー


このまま朽ち果てていこうと心に決めたのに。

私は八葉としての務めを全うすることができないのに。

私のこの造りものの身体は、お前の五行の力が与えられなければ、塵と化すのみなのに。

何故お前は・・・。

私を必要とするのか?

私はこれ以上お前の側にいるのが辛いのだ。

お前のそのまっすぐな瞳に宿る、私への愛情を感じるたび、

遠くない未来に、塵と化すこの身体が呪わしい。

私もお前を愛している。

お前を抱きしめたい。

日毎、夜毎、お前の耳元で睦言を囁けたなら・・・。


私をお前から遠ざけなければ。

私はお前に永遠の枷をつけてしまう。

神子、お前を愛している。

お前が望むならこの命を差し出すことすら厭わぬ。

だが私はお前を望んではならないのだ。

だから私は嘘をつこう。

『私はお前の心に応えられない。』




時空の扉ーあかねー


あの扉の向こうに私の生まれ育った世界がある。

でも。

私は帰りたくない。

あの人の側にいたい。

受け入れてもらえない。

そんなのわかってるの。

あの人は私の想いに応えてくれなかった。

でもなぜだろう。

冷たい言葉とは裏腹に、あなたの心が

私を求めているような気がした。

帰りたくない。

あなたに受け入れてもらえなくてもいい。

あなたを近くで見ることを許して。

あなたを想うことを許して。


ああ、けれど、


『私のことは忘れろ。』

言葉とともに押された背中に、

冷たい手を感じて。

押されたはずみで時空の扉に足を踏み入れた瞬間、

すべてが暗転して、あなたの姿が見えなくなった・・・。




病院ー蘭ー


今日も目が醒めたら白い天井が一番に見えた。

なんだか見慣れないその色に、顔を背けるとピンクの薔薇が見えた。

昨日、あかねと詩紋が見舞いで置いていったもの。

ーーそうだ・・・。私はランじゃなくて、蘭なんだ・・・。

身体を起こす。

3年も行方不明だった蘭は検査入院とかで、もう、2週間近くこの病院に入院している。

3ヶ月ちょっと行方不明だった、あかねや天真、詩紋は3日ほど検査入院して、すぐに退院していった。

ーー地の玄武、安倍泰明・・・。

蘭は見てしまった。

あかねが時空の扉に入って、天真、詩紋があとに続いた。

そして、蘭も時空の扉に足を入れようとした時だった。

地の玄武、安倍泰明の身体がみるみる砂に変わっていくのを。

恐くなって蘭はそのまま時空の扉に飛び込んだ。

自分が見たのが幻であって欲しかった。

ーーあかねさんには絶対言えない。

優しい瞳の少女の悲しみを増やしたくなかった。

彼女が地の玄武を愛していることに気づいていたから。



噂ー天真ー


今日も天真は病院を訪れる。

毎日かかさず。

妹、蘭はまだ入院している。

あの世界での出来事は皆、口を噤んでいる。

言ったところで信じてもらえる話ではないから。

もともと口の上手でない蘭は、心療科の医師に聞かれて上手く答えられなかった。

そのため、入院が長引いているのだ。

ナースステーションの前を通りかかって、ナース達の話し声が聴こえた。

「3年も眠ったままだった患者さんが目が醒めたんですって。」

「とってもきれいな人よね。男にしとくのもったいない!」

「いいなあ!私も担当した〜い!」

ーー3年も眠ったままだったのか、そんなこともあるんだな。

天真はつかつかと早足で蘭の病室へ向かう。

ある病室の前で、医者の団体に出くわした。

ーーああ、さっきの話の・・・。

天真は何気なく病室内を見やった。

長い髪の青年がベッドに座っていた。

後ろ姿だから顔は見えない。

ーー3年の間に伸びたって長さじゃねえよな。

天真は病室の前を通り過ぎた。

その青年が振り向いたことも知らずに。





出会い再びーあかねー


「退院おめでとう。」

病院の玄関であかねと詩紋、天真らが蘭を出迎えた。

今日のあかねは無理して明るく振舞っていた。

今日は蘭の退院なのだ。

喜んで迎えなければならないと感じて。

京から帰って以来、あかねは沈みがちであった。

ーーやっぱり帰るんじゃなかった。

泰明にうっとうしがられても、

嫌われても、

ーーあなたの側にいたかった。

気がつけばいつも泰明を探す。

ーー忘れられないよ。こんなにも愛しているのに。


梅雨の明けた夏空に蝉の声が響く。

京も夏を迎えているのであろうか。


「あかねさん・・・。」

蘭は心配そうにあかねを見つめた。

「だ、大丈夫だよ、やだなあ、もう。」

時が解決してくれる、何度も言い聞かせた。

でも一日、また一日と過ぎるたび、泰明への想いが募ってゆく。

忘れるどころか、想いは日増しに強くなっていく。

ふわっ

一陣の風が吹いた。

あかねの白い帽子が風に乗って飛んでゆく。

そしてそのまま病院の前庭の、菩提樹の枝にひっかかった。

「あっ、帽子が飛んじゃった。」

あかねは菩提樹の方へと走り出す。

「俺がとってやるよ。」

天真があかねの後を追う。

そして。

あかねの足が止まった。

天真の足も止まる。

菩提樹の影から男性にしてはやや細い、しかし均整の取れたその身体の持ち主は、腰に届くほどの長い髪。

怜悧なその美貌はそのままで。

「神子・・・。」

「やすあきさん・・・」

ーーああ、神様、私の愛する人が今目の前にいる・・・!





回想ー泰明ー


泰明はあかねたちが去るのを、完全に見届けることが出来なかった。

気がつけば真っ暗な中にひとり、身体を丸めて浮遊していた。

泰明に語りかける者がいた。

『お前は務めを果たした。行け、お前の本来在るべきところへ。』

ーーお師匠・・・?

顔をあげるとそこには一筋の光が見えた。

人影が見えた。

逆光でよくわからなかったが、間違いなくそれはあかねだった。

紫苑色のさくらの水干の袖が翻った。

あかねの後ろから光がさして来る。

あかねに導かれるように、泰明は光に向かって歩き出した。

そして眩いばかりの光あふれた世界が泰明を包んだ。

泰明は瞼を開いた。

白い天井。

規則正しく、小さな機械音が聞こえる。

顔を動かしてあたりを見回そうとするが、思うように身体が動かない。

渾身の力をこめて身体を動かそうとした。

わずかに身体が動いた。

そのとき、泰明の目覚めを知った看護婦の悲鳴が聞こえた。


ーー私はすべての記憶を取り戻した。


泰明は目を瞑った。

3年前、あかねたちが消えた井戸の側で、現代の陰陽師、安倍泰明は異質な気を感じた。

長い髪の少女がふらふらと、何かに吸い寄せられるように井戸に近づいてきたのを見つけた。

泰明は止めようとして、何か強い衝撃を与えられ、そのまま長い眠りについた。

京へ魂だけが召喚された泰明はすべての記憶を失った。

そして、魂だけの泰明は、安倍晴明と出会う。

晴明は泰明の魂を入れる人型の器を、北山の天狗とともに作り、そこに入れた。

人型は魂の輝きのまま、本来の泰明の姿そっくりそのままに。

魂に刻まれた真名のままに、泰明と名付けられた。

記憶を失った泰明は、陽の気が作り出せなくなっていた。

晴明は泰明に呪いをかけて、泰明の陰陽のバランスを取らせた。


そして龍神の神子である、あかねと出会った。

何かに導かれるように、

互いに惹かれあって。

なのに、泰明は気がついてしまった。

この仮初の身体が限界に近づいていることを。

あかねの自分への想いに応えられたならどんなに幸せだろうか。


ーー私には許されないことだ。


泰明にはあかねの未来を奪うことは出来なかった。

だから泰明はあかねの背中を押した。

今生の別れを覚悟して。




夢路の果てにー泰明ー


あかね、私がお前の手を取ることを許してくれるだろうか?

私たちは、今またこうして二人めぐりあった。

今度こそ私はお前に想いを告げたい。

どんなに私がお前を愛してるか伝えたい。

その身に、その心に。


夢路をたどって、私たちは出会った。


そして、


夢路の果てにお前がいた。


これは夢ではない。


ともに同じ時を刻むものとして。


私たちはここに或る。



2001.9.2