夢路の果てMirror Ver





お前を愛する私を許して欲しいとは言わない。

私の身勝手な愛がお前を傷つけ、苦しめるだろう。

人とはなんと我儘で、強欲なのだろうか。

私はお前を愛するがゆえに、お前の未来を縛り付ける。

私を憎んでくれていい。恨んでくれていい。

だから・・・。

だから私を忘れないでくれ・・・。



決戦前夜ー泰明ー


土御門邸は薪が灯され、炎が赤く夜闇を照らす。

泰明はあかねを抱きしめたまま、うつらうつらしていた。

不意に、頬にあかねの手を感じて瞼を開ける。

不安そうなあかねの顔が、泰明の視界に映る。

「大丈夫だ・・・。」

泰明はあかねの手を取ると、その手のひらに口付けた。

ーーそう、大丈夫。神子が私に五行の力を与えてくれる。私はまだ戦える。

そのままあかねの口元に唇を寄せる。

「今一度・・・。」

泰明はあかねの顔に、身体に口付けを降らせる。

ーー私が生きているという証を与えてくれ・・・。

あかねの腕が泰明を抱きしめる。

夜明けまであともう少し・・・。

ーー明日になったら。

泰明のあかねを抱く力が強くなった。




時空の扉ーあかねー


空気が歪み時空の狭間ができる。

真っ暗な暗黒色の空間。

しかし、この先にあるのはあかねたちの世界。

あんなにも切望した自分たちの生活。

ーー行けない・・・!

あかねは時空の扉の前で躊躇した。

「帰れ・・・お前の世界へ・・・。」

泰明の冷たい言葉が浴びせられる。

信じられない気持ちであかねが顔をあげる。

冷たい美貌の陰陽師。

「なら・・・、泰明さん、あなたも私たちの世界に来て・・・!」

あかねは必死に泰明にしがみついた。

ーー昨夜あんなにも自分を愛してくれたのに・・・。

あかねは涙があふれてくるのが止められなかった。

「私は行けぬ。」

冷たい泰明の拒絶の言葉。

あかねはもうこの場にこれ以上居たくなかった。

ーーなんで?なんで?泰明さん・・・!

一歩時空の扉に足を踏み入れる。

するとあとはもう覚えていなかった。

走ったような気もした。

天真や、詩紋、蘭の気配を感じていた。

なのに、一番愛している人に拒絶の言葉を突きつけられたのに。

泰明の優しい声が聴こえた気がした。





病院ー蘭ー


今日も目が醒めたら白い天井が一番に見えた。

なんだか見慣れないその色に、顔を背けるとピンクの薔薇。

昨日、あかねと詩紋が見舞いで置いていったもの。

ーーそうだ・・・私はランじゃなくて、蘭なんだ・・・。

身体を起こす。

3年も行方不明だった蘭は検査入院とかで、もう、2週間近くこの病院に入院している。

3ヶ月ちょっと行方不明だった、あかねや天真、詩紋は3日ほど検査入院して、すぐに退院していった。

ーー地の玄武、安倍泰明・・・。

蘭は見てしまった。

あかねが時空の扉に入って、天真、詩紋があとに続いた。

そして、蘭も時空の扉に足を入れようとした時だった。

地の玄武、安倍泰明の身体がみるみる砂に変わっていくのを。

恐くなって蘭はそのまま時空の扉に飛び込んだ。

自分が見たのが幻であって欲しかった。

ーーあかねさんには絶対言えない。

優しい瞳の少女の悲しみを増やしたくなかった。

彼女が地の玄武を愛していることに気づいていたから。




噂ー天真ー


今日も天真は病院を訪れる。

毎日かかさず。

妹、蘭はまだ入院している。

あの世界での出来事は皆、口を噤んでいる。

言ったところで信じてもらえる話ではないから。

もともと口の上手でない蘭は、心療科の医師に聞かれて上手く答えられなかった。

そのため、入院が長引いているのだ。

ナースステーションの前を通りかかって、ナース達の話し声が聴こえた。

「3年も眠ったままだった患者さんが目が醒めたんですって。」

「とってもきれいな人よね。男にしとくのもったいない!」

「いいなあ!私も担当した〜い!」

ーー3年も眠ったままだったのか、そんなこともあるんだな。

天真はつかつかと早足で蘭の病室へ向かう。

ある病室の前で、医者の団体に出くわした。

ーーああ、さっきの話の・・・。

天真は何気なく病室内を見やった。

長い髪の青年がベッドに座っていた。

後ろ姿だから顔は見えない。

ーー3年の間に伸びたって長さじゃねえよな。

天真は病室の前を通り過ぎた。

その青年が振り向いたことも知らずに。



出会い再びーあかねー


「退院おめでとう。」

病院の玄関であかねと詩紋、天真らが蘭を出迎えた。

今日のあかねは無理して明るく振舞っていた。

今日は蘭の退院なのだ。

喜んで迎えなければならないと感じて。

京から帰って以来、あかねは沈みがちであった。

愛する人からの拒絶は、あかねの心に大きな影を落としている。

もう二度と笑うことなんかできないのかも、と思った。

けれど、もとの自分の世界はやっぱり自分には温かくて。

でも心に大きく空いた穴を埋める術をあかねは知らなくて。

ずっと空虚な心を抱いたまま1ヶ月が過ぎてしまった。

「あかねさん・・・。」

蘭は心配そうにあかねを見つめた。

「だ、大丈夫だよ、やだなあ、もう。」

時が解決してくれる、何度も言い聞かせた。

でも一日、また一日と過ぎるたび、泰明への想いが募ってゆく。

忘れるどころか、想いは日増しに強くなっていく。

ふわっ

一陣の風が吹いた。

あかねの白い帽子が風に乗って飛んでゆく。

そしてそのまま病院の前庭の、菩提樹の枝にひっかかった。

「あっ、帽子が飛んじゃった。」

あかねは菩提樹の方へと走り出す。

「俺がとってやるよ。」

天真があかねの後を追う。

そして。

あかねの足が止まった。

天真の足も止まる。

菩提樹の影から男性にしてはやや細い、しかし均整の取れたその身体の持ち主は、腰に届くほどの長い髪。

怜悧なその美貌はそのままで。

「やすあきさん・・・」

「神子・・・。」



回想ー泰明ー


泰明はあかねたちが去るのを、完全に見届けることが出来なかった。

気がつけば真っ暗な中にひとり、身体を丸めて浮遊していた。

泰明に語りかける者がいた。

『お前は務めを果たした。行け、お前の本来在るべきところへ。』

ーーお師匠・・・?

顔をあげるとそこには一筋の光が見えた。

人影が見えた。

逆光でよくわからなかったが、間違いなくそれはあかねだった。

紫苑色のさくらの水干の袖が翻った。

あかねの後ろから光がさして来る。

あかねに導かれるように、泰明は光に向かって歩き出した。

そして眩いばかりの光あふれた世界が泰明を包んだ。

泰明は瞼を開いた。

白い天井。

規則正しく、小さな機械音が聞こえる。

顔を動かしてあたりを見回そうとするが、思うように身体が動かない。

渾身の力をこめて身体を動かそうとした。

わずかに身体が動いた。

そのとき、泰明の目覚めを知った看護婦の悲鳴が聞こえた。


ーー私はすべての記憶を取り戻した。


泰明は目を瞑った。

3年前、あかねたちが消えた井戸の側で、現代の陰陽師、安倍泰明は異質な気を感じた。

長い髪の少女がふらふらと吸い寄せられるように井戸に近づいてきたのを見つけた。

泰明は止めようとして、何か強い衝撃を与えられ、そのまま長い眠りについた。

京へ魂だけが召喚された泰明はすべての記憶を失った。

そして、魂だけの泰明は、安倍晴明と出会う。

晴明は泰明の魂を入れる人型の器を、北山の天狗とともに作り、そこに入れた。

人型は魂の輝きのまま、本来の泰明の姿そっくりそのままに。

魂に刻まれた真名のままに、泰明と名付けられた。

記憶を失った泰明は、陽の気が作り出せなくなっていた。

晴明は泰明に呪いをかけて、泰明の陰陽のバランスを取らせた。


そして龍神の神子である、あかねと出会った。

想いを交わすうち、泰明は自分の身体の限界を知る。

神子であるあかねから、五行の力を与えられている間はなんともなかった。

あかねへの想いに悩み、離れた時、泰明は知ってしまった。

自分の、この仮初の器が限界に来ていることを。

けれど、あかねを苦しめるだけのこの想いは絶ち難く、あかねを傷つけるだけだと知りながら。

憎まれてもいいから、恨まれてもいいから。

我儘なこの自分の想いを。

あかねと、限られた時間を共有し、想いを遂げてしまった。




夢路の果てにーあかねー


あなたがくれた愛は、

私を傷つけたとは思わない。

今ならわかるから。

例え、京で私たちが想いを交わすことがなくても。

私の心が、魂が、

貴方を求めつづけるから。


こんな優しい心を、

こんな温かな心を、

こんな激しい心を、


私はあなたと出会って知った。


夢路をたどって、私たちは出会った。


傷つけられても、あなたを忘れたくなかった。


夢路の果てにあなたがいた。


この先はあなたと私が作っていく。


それは夢ではないことを私たちは知っている。



2001.9.2