紅葉


最近泰明さんが来てくれないのよね。
溜息交じりで庭を見つめる。
10月は神無月。
八百万の神様はみんな出雲へ行ってしまうから、内裏では帝を守るため、やれ結界の強化だの、祈祷だのと忙しいのはわかってるんだけど。
でもね、もう、2週間も見ないと寂しいよ?
文のひとつもくれるような人じゃないのはよくわかってるの。
用があるならなら式神を使って、連絡を寄越してくるだろうし。

いいのよ。
わかってるから。

でもね、
あんまり放っておくと浮気しちゃうからねっっっ!!




事の起こりは9月の末だった。
京では紅葉はまだしてなかったが、友雅があかねと藤姫に淡く色づいた紅葉の枝を贈ってくれたことがはじまりだった。

友雅はその日、帝の行幸の供をして北嵯峨へ行った。
紅葉が淡く色づき始めたのをあかねと藤姫に見せるため、帝の許しを得て紅葉の枝を手折り歌とともに贈られたのである。

そしてあかねが考えついたのは、やっぱり紅葉を見に行きたいということであった。

北嵯峨は遠いので、なるべく近くで紅葉を見るためには今しばらく時を待たねばならない。
というわけで、京で紅葉が見られるようになったら泰明に紅葉を見に連れて行ってもらう予定だったのだ。
泰明の答えは

「善処する。」

とだけで、無理かな?なんて薄々感じはしたものの、約束してからこちら2週間は全く泰明は姿を見せないし、連絡もない。
自分から文を書けばいいのであるが、泰明が陰陽寮の仕事で忙しい思いをしていると、友雅から聞かされれば、やっぱり文を書くのを遠慮してしまうのだ。

あかねの住まう土御門、東北の対から見える庭は今を盛りと白萩や菊、女郎花など秋の花が咲き乱れ、紅葉も徐々に色づいてきている。

「もう秋だって言うのに・・・。」

あかねは溜息をついた。
そのときだった。
ひらりと白鷺が庭に降り立った。
そして人型に姿を変えた。
泰明の式神である。

あかねは驚いてまじまじと式神を見た。

「龍神の神子様へ安倍泰明様よりお文を預かって参りました。」

式神は音もなく簀子にやってくると恭しく文箱を差し出して平伏した。
文箱とともに添えられていたのは、真っ赤に色づいた紅葉の葉が一枚。
文箱の紐を解き、中をあらためると、丁子の香りがふわりと香る。
淡香色の薄様ならではの香りである。


『ーーはふりこが いはふ社(やしろ)の もみぢ葉も
         標(しめ)をば超えて 散るといふものを

                           今すぐに
                              泰明』

あかねは歌を詠んでかああっと赤くなった。

ーーい、いいのかな?

チラッと式神を見ると、なんとあかねの姿をしている。

「泰明さん、本気なんだ・・・。」

うーんとあかねは考え込んだ。

ーーいいや、行っちゃえっ!

あかねは塗籠に入ると手早く水干に着替えた。
あかねの姿をした式神はにっこりと微笑む。
自分で自分が微笑んでる姿はなんだか複雑な気持ちではあるが、この際それはおいておくことにして。
あかねは式神に手を振ると庭に下りた。
目指すは、いつもの抜け道である。
まさか泰明に感づかれていたとは思ってもいなかったが、自分の気を読み取る泰明が知っていてあたりまえなのも頷ける。
だからきっと。

土御門の敷地を廻る塗り壁は、普通ならよじ登れるような高さではない。
そんなに高い塀ではないが、足をかけるものがないせいである。
ジャンプすれば壁の屋根瓦に飛びつけないこともないが、いくら身軽とはいえ、垂直懸垂なんてできないあかねには苦しいものがあるし、下手をすれば屋根瓦を落として壊しかねない。
土御門の屋敷は塀の屋根瓦ひとつとっても、高価そうなものなのである。
けれど、とある場所に一本の木が植わっている。

それは、大きな楠で、幹も枝もしっかりしている。あかねはこの楠に登っては敷地の外へこっそり出かけることがあるのだ。
帰りは何故かいつも八葉の誰かにつかまって、連れ戻されることばかりなので(疑問に思わないあかねもあかねだが)帰り道に使ったことは一度もないが、外に出るにはここからがうってつけなのである。

あかねは誰にも見つからないで、目的の場所につくと、履いていた履物をポイポイと塀の向こうへと投げ、手馴れた動作で楠に手をかけてするするとよじ登った。

「よいしょ」

かなりしっかりとした枝に身体を乗せて安定させて、塀の向こう側の通りを見ると、泰明が立っていた。

「神子、来たな。」

泰明があかねに気がついて声をかける。

「泰明さん!」

あかねは久しぶりに見る泰明に嬉しくなって目を輝かせた。

「来い、神子。」

泰明の腕があかねの方に伸ばされる。
それを合図にするように、あかねが枝から通りに飛び降りようとした。

が、
丁度あかねが着地しようとするポイントに泰明が立っている。

「や、泰明さん危ないよ?」

いくら泰明でも木から飛び降りるあかねを受け止めるのは大変なことである。
重力というものがあるのだ。
あかねはためらった。

「よい。大丈夫だ、神子。」

泰明は不敵に笑った。
あかねは悩んだ。
このまま着地しようとすれば、多分、泰明の上に落ちることは間違いない。

ーーど、どうしよう?

困った顔をしていたその時だった。屋敷内の方で頼久の姿がちらりと見えた

ーーや、やばっ!

と思ったときには遅かった。
あかねは枝から足を滑らせてしまったのだ。

ーーぶつかるっ!

あかねはぎゅっと目を瞑った。
しかし、どんっという衝撃はあったものの、ぶつかるような感じではなく。

恐る恐る目を開ければ泰明の顔が目の前にあった。
とたんにあかねの心臓が跳ね上がる。

「大丈夫だといったであろう?」

あかねはしっかりと泰明に受け止められていた。

ーー泰明さんって、時々すごいわ・・・。

変なことに感心しながらも泰明の腕から降ろしてもらい、あかねより先に塀を越えた履物を履く。

「今から双ヶ丘の結界の修復に出かけなければならない。そのあとはまた当分、内裏で祈祷をするため、外に出られそうもない。だから急ではあったが、神子を呼び出したのだ。」

泰明はあかねの手を引いて歩き出した。


***


双ヶ丘は秋の色に染まっていた。
夕刻ということもあってか、傾いた日が優しいオレンジ色に染まり始める中、花薄がそよそよと風になびいている。
萩、女郎花、とあちこちで咲き乱れている。
秋の野がそこには広がっていた。

「神子、こちらだ。」

泰明があかねの手を引く。
泰明に導かれるままついていった先は小さな庵であった。

あかねには覚えがある。

実際にそこには行ったわけではなかったが、泰明が失踪したときに泰明は自分の気配を消してここにこもっていたのだ。それを泰明の師、安倍晴明の式神に導かれてあかねは泰明を見つけ出した。

「しばらくここで待っていろ・・・。すぐに戻る。」

泰明はそういい置くと姿を消した。
あかねは庵に一人残された。
庵の中はとても狭く、人ひとりが住むのに適しているといえよう。
あまり古びておらず、中は清潔できれいだった。
庵の格子をあげる。
すると目の前に美しく色づいた紅葉があった。

「うわあ・・・きれい・・・。」

あかねは思わず見とれた。
そのとき、泰明が戻ってきた。

「神子、待たせた。」

泰明は庵に入ると火打ち石を使って火をおこし、灯台に火をつけた。
火が灯されて、はじめてあたりが暗くなってきていることに気がつかされる。
部屋に明かりが灯り、紅葉の唐紅色がさらに目にも鮮やかに際立つ。

「泰明さんからの文に添えられてた紅葉って、この紅葉よね?」

あかねが懐から懐紙に包んで持ってきた紅葉の葉を泰明に見せる。
泰明はふっと笑うとあかねを抱き寄せた。

「昨日からここで結界の修復を行っていた。神子に紅葉を見せると約束していながら、なかなか果たせず、自分は仕事とはいえ、この美しい紅葉を見ているのが辛かった・・・。神子にもみせたかった・・・。」

泰明に抱きしめられて。
髪に、頬に、口付けをされて。

「お仕事はいいんですか・・・?」

あかねは高鳴る心臓の音を聞かれるのが恥ずかしくて思わず見当違いのことを聞いてしまう。
だが泰明はそんなこと当然おかまいなしで。

「結界の修復はとうに終わっている・・・。先ほどはこの庵に結界を張った・・・。」

泰明はあかねの髪に手を差し入れるとあかねの唇を塞ぐ。
十分にあかねの唇を堪能してから解放してやると、あかねは頬を真っ赤に染めて俯く。

「明日の朝まではこの結界の中には誰も出入りできぬ・・・。」

あかねの耳元で泰明が囁く。
その言葉にあかねはぎょっとして顔を上げ、すぐにまた恥ずかしくなって顔を俯かせた。

「え、えーとあの・・・。」

あかねは泰明の顔をまともに見られない。
泰明はあかねを抱きしめる腕に力を入れた。


***




朝を迎えた双ヶ丘の空気はひんやりと冷たかった。
庵を出て土御門へ向かう。

「ど、どうやってお屋敷にもどろう?」

あかねは困った顔をしている。

「問題ない。式がもう消えているはずだ。今ごろ、また神子が屋敷を抜け出したと思って頼久あたりが武士団を率いてさがしていることだろう。」
「ひええっ!じゃあ、もっと大変じゃないですか!」

泰明の言葉にあかねは顔が蒼ざめる。

「だから問題ない。私がお前を見つけことにしておけばよい。いつものことだ。」

ーーそれって・・・。

あかねは頭が痛くなってきた。
いくら自分の気を読み取ることができるからとはいえ、確信犯ではないか。

「お前が拉致もないことを考えるからだ。」

泰明はひとこと呟く。

「え?私何か考えた?」

あかねは泰明の言う、拉致もないことを思い出そうとしたが、思いつかない。

「お前を放っておくと浮気するやもしれぬからな。」

泰明の発言にあかねは冷や汗が流れた。

「あ、あれは・・・」
「わかっている。」

泰明はあかねの肩を抱く。

「ただ、心配になったのだ・・・。それだけだ。」

あかねは泰明に抱き寄せられるままに。

「じゃあ、これからも時々、抜け出すお手伝いをしてくださいね?」
「なぜだ?」

あかねのいたずらっぽい微笑みに泰明が問い返す。

「私から会いに行っちゃうから。」

あかねはにっこりと笑った。


2001.10.7




★あとがき
先日「拾遺和歌集」を読んでいたら、ひとつだけ毛色の変わった歌を見つけました。

「ーーはふりこが いはふ社(やしろ)の もみぢ葉も
         標(しめ)をば超えて 散るといふものを」

「神官が祭る神社の紅葉の葉さえ標縄(しめなわ)を超えて散るというのに」
という意味の歌です。
この歌は男性が女性を誘う歌で、神域からはみ出して散る紅葉を、親の目を掠めて男に会いに行く娘に例え、親の監視の目が厳しいがこっそり会ってほしいという意味を含んだ歌です。

通い婚が普通のこの時代になんだかめずらしくて、また女性を神域の紅葉に例えるあたりがよくて、このお話を書きましたvv

ちなみにみるみるの実家のある名古屋のほうでは、紅葉の名所といえば香嵐渓ですvv紅葉シーズンは夜間のライトアップもあります。(しかし赤い紅葉も全部黄色っぽく見えてしまうのが玉にキズ)
今回のお話は夜間の紅葉狩りってことで・・・(笑)

ちょっと泰継さんテイスト入ってるかも(; ̄ー ̄A アセアセ・・・