プライベートレッスン あかねは教科書をぱたりと閉じた。 期末テストは散々で、追試を受ける羽目になってしまった。 明日の追試を通らなければ、夏休みは補習の嵐である。 せっかくの夏休み、大好きな泰明とともに過ごしたいのであるが、あかねの手はなかなかすすまない。 「あ〜〜〜、泰明さんならきっとすらすら解いちゃうんだろうなあ〜。」 あかねは椅子の背もたれにもたれてうーんと伸びをした。 そしてふと思い立つ。 「そうよっ!泰明さんよっ!」 あかねはシャープペンシルを握り締めて大きく頷いた。 そして机の上の時計に目を走らせる。 午後5時半を回ったところ。 これから泰明のマンションに出かけて、ご飯を作り、一緒に食事をしても勉強を教えてもらう時間は十分取れる。 でももちろん年頃の娘が21歳の若者の部屋に今から出かけるというのは当然親は許さない。 だからあかねは携帯に手をのばした。 ぴっ、ぴっ、と慣れた手つきで目的のメールアドレスを探し出す。 そしてあざやかな手つきで文章を打ち送信をする。 そしてあかねはかばんに勉強道具を詰め込んで、そして思い出したように化粧ポーチをあけて手鏡を出して眉と唇を確認する。 いまどきの高校生なのだから化粧のひとつやふたつくらいはあたりまえのようにする。 けれど泰明はそのままの、素顔のあかねを好きだというので、あかねはなるべくファンデーションやアイメイクはしないのである。 というわけでアイブロウとリップクリームで簡単に化粧をを直すと、あかねは化粧ポーチと携帯をかばんにつめこんで自分の部屋を出た。 「おかあさーん、蘭のところへ行って天真君に勉強を教えてもらってくるねー!」 あかねはそういって玄関先で靴を履きながら大声でキッチンにいる母親に告げた。 すると不機嫌そうな母親がキッチンから出てくる。 「あかね、いくら蘭ちゃんと仲がいいからって、天真君に迷惑じゃないの?」 母親の言葉にあかねは肩をすくめてみせる。 「だって私、数学って苦手なんだもん。ほら、天真君数学得意だし・・・。」 兄妹ともに仲よくお付き合いをしている安心からか、母親や父親は森村の家に行くことにあまりうるさく言わない。 それでもこんな夕食時にお邪魔することに母親は眉を顰める。 しかし娘の追試がかかっているとなると、あまりきつくも言えず、ぶつぶつと文句を零しながらもあかねを見送った。 あかねは小走りに駅へ向かいながら、泰明にメールを打つ。 勉強が教えて欲しいことを切実に訴える文面で。 泰明の大学はすでに夏休みに入っており、部屋にいるはずであった。 あかねはメールを打ち終わるとかばんに突っ込み、駅の改札を抜ける。 泰明のマンションのある駅までは4つ先。 階段を駆け下りてホームへと走る。 丁度電車が到着したところで、あかねはぎりぎり電車に滑り込むことが出来た。 夕方の町並みはまだ明るくて、あかねドアにもたれて涼しい冷房を存分に楽しむ。 小走りとはいえ、夏のこの時間は暑い。 すっかり汗をかいたあかねはドアのガラスに映る自分の姿にしかめっ面をした。 汗ではりついた髪に、見えないがTシャツの背中は汗で湿っているであろう。 あかねはかばんからタオルハンカチを出して汗を拭う。 ーーああ、泰明さんに会うっていうのに・・・。 あかねは溜息をついた。 やはりそこは年頃の女の子。 好きな人の前では汗の匂いが気になってしまうのである。 ーーもう、なんでこんなに暑いのよ。 あかねはぷっとひとり頬を膨らませて、泰明のマンションの最寄の駅に降り立った。 泰明のマンションは駅から歩いて5分ほどのところにある。 先ほどの元気よさはどこへやら、あかねはとぼとぼと泰明のマンションへと向かった。 白を基調にした落ち着いた造りのマンションの前に立って、セキュリティナンバーを入力してエントランスドアを開ける。 二機あるエレベータのうち、一つは泰明の住まう最上階で止まっていた。 あかねは上ボタンを押してもうひとつのエレベータが下りてくるのを待つ。 やがてピンポーンという音共にドアが開き、あかねは乗り込むと最上階のボタンを押す。 『上へまいります』のアナウンスのあと静かにドアが閉まり、エレベータは最上階を目指してあがっていく。 あかねは携帯を取り出すとメールの着信を確認した。 蘭からのメールが入っている。 短く 『アリバイ工作OKよ。楽しんできてね♪』 の文字。 勉強をするのに楽しむも何もあったものではないが、泰明と会える、側にいる、勉強を教えてもらう、それだけで楽しみとなるのは間違いではないから、蘭のメールは間違ってはいないだろう。 あかねは苦笑して携帯をかばんに戻した。 ドアが開いたその階は一世帯のみのペントハウスで、ポーチの金色の門が輝いている。 あかねは勝手知ったる家の如く、門をあけて玄関ドアの横の呼び鈴をとりあえず鳴らす。 返事がない。 もう一度鳴らすがやはり返事はなく、仕方なくかばんの中から泰明から預かっている合鍵を使って玄関のドアを開けた。 玄関には靴がある。 「泰明さん・・・?」 あかねは靴を脱ぐと、自分専用のスリッパを履く。 そろそろと静かにリビングへ向かう廊下を曲がったところで、いきなり肌色のものが目に飛び込んできた。 「きゃーーーーっっっ!!!」 あかねは思わず大声を上げた。 「神子っ?!」 泰明は振り向いて倒れんばかりに驚いているあかねの側に駆け寄った。 「どうしたのだ?!」 まさか自分が悲鳴をあげられた原因だとは露とも思わず、泰明はへたりこみそうになるあかねの身体を支えた。 駆け寄った拍子に腰に巻いたバスタオルが落ちそうになるのも構わずに。 「やっ!やすあきさんっっっ!!!ふっ!ふくっ!!服を着てくださいっっ!!」 あかねは目の前が真っ赤になるような気持ちで、かばんを取り落として両手で顔を覆い、必死にそれだけを言った。 泰明ははっとして自分の姿を見下ろして、自分のこの姿があかねの気を乱していることにようやく気がつくと、あかねが怪我をしないようにそっと廊下におろし、腰にひっかっかっているだけのバスタオルを巻きなおして溜息をつき、自分の寝室へと姿を消した。 あかねはというと、泰明の姿が消えたのを確認して大きく息を吸ったり吐いたりと深呼吸を繰り返した。 まさか泰明の裸を見る羽目になるとは思いもよらなかったため、妙な汗をかいてしまう。 よろよろと立ち上がり、リビングへと向かう。 そしてソファに身体を沈めるとようやく人心地ついた。 いくらなんでも年頃の少女に好きな人の裸は刺激が強すぎる。 リビングに通ずる泰明の寝室部屋のドアが開いた。 白いバスローブをまとって、髪にタオルを無造作に被っている。 「すまなかった、神子。驚かせてしまったようだ。」 泰明はそういうとあかねの背後から顔を覗き込んだ。 あかねの目の端は紅く染まって涙が潤んでいる。 「もう、びっくりしたんだから・・・。シャワーを浴びる時はバスローブを持って入ってくださいね。」 あかねは手近にあったクッションを抱きしめ、泰明のまっすぐの視線から逃れるようにふいっと視線をそらした。 なぜなら泰明の裸が目に焼き付いて離れず、まともに泰明の顔がみられないのである。 それを泰明がどう勘違いしたのか。 あかねが視線をそらせたことが泰明の琴線にひっかっかったのである。 泰明はおもむろにあかねを後ろから抱きしめ、強引に上を向かせると口付けた。 「・・・!」 あかねは驚いて振りほどこうとしたが、泰明の存外に強い力に抱きしめられて身動きが取れない。 かわりに足をばたつかせ、身体を捩る。 泰明から香るボディソープの香りがいつもの菊花の香と違って、あかねの五感を痺れさせる。 深くなる口付けに次第に頭がぼうっとなって、いつしかあかねは抵抗をやめていた。 泰明はあかねが抵抗をしめさなくなったのを見計らって唇を解放する。 「なぜ神子が怒っているのかわからない。なぜだ?」 泰明は不機嫌そうに瞳を潤ませるあかねの視線を捉えて尋ねた。 あかねは泰明の問いにふたたび目が真っ赤になる気分を味わう。 「そっ、それは・・・っ!」 不意打ち。 あまりにも突然泰明の裸をみてしまったから。 そしてその裸身が目の奥に焼きついて離れない。 そんな自分がとても恥ずかしくて泰明の顔wがまともに見られないのだ。 「はっ、はずかしいんです!」 あなたの裸が目に焼き付いて離れないから恥ずかしいんです、とは到底言えずに。 あかねはそれだけをやっというと、クッションに顔を埋めた。 泰明はあかねの言葉に首を傾げる。 あかねの裸を自分が見て、あかねが羞恥を覚えるのならばわかるが、なぜ自分の裸を見てあかねが羞恥を覚えるのかわからない。 泰明はソファを回り込んであかねの隣に腰を下ろした。 すると突然あかねがぱっと顔を上げた。 「こんなことを言ってる場合じゃないんだったわっ!」 あかねはまるでこの話題から逃れるように、当面の問題を思い出した。 「泰明さんっ!」 あかねはバスローブ姿の泰明に向き直った。 「明日、数学の追試なんです!助けてくださいっ!」 あかねは泰明の手を取って、めいっぱい瞳を潤ませた。 なんといっても夏休み! 補習でつぶれるのだけはご免被りたいものである。 泰明はあかねの勢いに驚いてしばらく目を見開いていたが、そこは唯一無二の神子の頼み。 神子がお願いすれば泰明は天上に輝く月すら手に入れようとするであろう。 「わかった。数学を教えればよいのだな?」 泰明の言葉にあかねはこくこくと頷く。 ーーできたら現国と英語と化学と物理も・・・。 あかねの本音を知ってか知らずか。 泰明は素早く立ち上がると服を着るため、再び寝室へと戻った。 そして再び寝室から出てきた泰明は細身のパンツに白いシャツを着て、片手にノートとペンケースを持っていた。 「食事はまだだろう?神子。ピザでよいか?」 泰明のきびきびした声にあかねは思わずハイと答える。 どうやら一分一秒でも勉強の時間を長く取らされるらしい。 泰明の細く長い指先が迷いもなくプッシュホンを押す。 泰明の指先にあかねはしばし見惚れて。 「じゃあはじめるぞ、神子。」 くるりとあかねに振り返ったその表情は。 あかねは自分で言い出した事ながら深く後悔することとなる。 そう、彼は神子のためなら命がけ。 神子が理解するまで個人教授は果てなく続くのである。 次の日の朝、あかねが目の下にくまを作りながらも追試が通ったことは言うまでもないこと。 でもとりあえず。 「泰明さん、夏休みですよ♪海に行きましょうよっ!」 あかねは明るく笑ってグラビアの水着の写真を見ながら、泰明と行く海にどんな水着を持っていこうか嬉しそうに考える。 「神子、神子は私に肌を見られても恥ずかしくないのか?」 泰明が首を傾げながら色とりどりの水着の掲載されているグラビアを覗き込む。 泰明は先日の出来事を思い返していた。 泰明の裸を見て羞恥に頬を染めたあかね。 自分の裸を見られたわけでもないのに。 それとも? 京では単姿は裸も同然。 なのに泰明にとっては裸も同然なこの水着を着たいというあかね。 ということはあかねは自分の裸を見られても羞恥を覚えないのであろうか? 肌もあらわな水着を纏うグラビアのモデルたちも泰明の目から見れば裸も同然である。 そんなグラビアを嬉しそうに眺めているあかねを見て泰明がそのような考えに至ったのは不思議ではない。 「え〜?何を言ってるんですか?水着だもん、恥ずかしくありませんよ?ほら、この水着なんてかわい〜〜。泰明さんはどんな水着がいいと思いますか?」 あかねの指差した水着は太腿もあらわなミニスカート、胸元が大きく開いた下着まがいのフリルのついたトップスの水着。 泰明は考え込む。 「神子はその水着とやらを着た姿を私に見せたいのか?」 泰明の問いにあかねは小首を傾げながら泰明の問いに答える。 「当然じゃありませんか?泰明さんに見て欲しいですよ?(泰明さん好みの可愛い水着姿を着てみせたいわよねえv)」 あかねはにこにことグラビアに視線を戻す。 「あ、これもかわいーv」 あかねの答えは無邪気なもので。 泰明のきらめく瞳に気がつかず。 そして泰明は言ってはいけないことを口にしてしまうのだ。 泰明にとっては水着も裸もさしてかわらぬもの。 どうせかわらないのなら。 「私は神子の裸が見たい。」 そのあとの二人の夏休みは龍神のみぞ知る・・・。 ーーFIN 2002.7.25 ★あとがき すみません、なんだか泰明のハダカが目の前にちらついて欲求不満大暴発のあほ創作になってしまった・・・。(T▽T) 甘くない、甘くない、甘くない〜〜〜(泣)単なる泰明さんのハダカ萌えな作品にしてしまった〜〜〜(>_<) ごめんっ!ごめんよお!!!あまみやさんっっ!!砂糖十杯のココア生クリーム添えにならなかったあ〜〜〜。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。 バカップルってことで許して〜〜(脱兎) |