星の舞い降りる日 花梨は白い毛糸を相手に必死に格闘していた。 真っ白の毛糸は編んでる最中から実に汚れやすい。 泰継には白いセーターが似合う気がして、必死に本を繰りながらどうにか、こうにか形になってきたのである。 花梨が京から帰ってもうすぐ1年が経とうとしている。 愛する人と共に居たいという花梨の願いは叶えられて、泰継は花梨の住まう現代へとやってきた。 龍神の加護にあって、泰継にはこの現代で最初からいた存在となっていた。 戸籍も、住む家も、職業も与えられていた。 そして不思議なことにこの現代で生活する知識と知恵も泰継には与えられていた。 泰継はこの現代でごく普通の一般人としての生活が、すぐにはじめることが出来たのである。 もちろん、京での知識も忘れてはいない。 それどころかこの現代においての彼の職業は陰陽師なのだ。 京で得た知識は泰継に生活の糧を与えるものであった。 泰継は陰陽師という仕事を持ち生活の糧を得ている。 しかし表向きには学生である。 医学生として医大に通う4回生なのだ。 花梨は高校2年生となって二人は恋人同士である。 しかし、泰継が学生という肩書きだけではないので、デートも、会うのもなかなかままならない。 陰陽師の仕事は時に泰継の学生の時間すら取ることもあるからだ。 花梨はあまりわがままを言って泰継を困らせたくはなかったが、やはりクリスマスと世間が騒げば、恋人のいる身でその日が何も予定が入っていないのは寂しいと感じる。 こうしてクリスマスイブにひとり、泰継の部屋に居る自分が妙にわびしい。 「さてと、できた・・・、けど・・・。」 花梨は出来上がったばかりの白いセーターを見て、大きく溜息をついた。 そろそろ時刻も遅くなり、門限が近づいている。 花梨に許された、クリスマスイブの夜はもう終わりに近づいている。 淡香色の薄い和紙に、丁寧にたたんだ出来たばかりのセーターを包む。 あまり派手にならないように選んだラッピングバックに金色の小さなリボンをつけて。 クリスマスカードに何か書こうとして花梨はやめる。 花梨は思いついたように、泰継のベッドに頭をのせる。 わずかに菊花の香が香る。 泰継の好むこの香り。 花梨は一瞬頬を緩める。 こうしているだけで、泰継に抱きしめられているような錯覚を覚える。 それだけで幸せになる。 この世界の泰継がいる、それだけでいい。 けれど、心はもっと強欲になってゆく。 いつも一緒にいたい。 わがままだとわかっていても、止められない思い。 そんな思いを胸に秘めて。 花梨はクリスマスカードに向き直った。 そしてさらさらとメッセージをクリスマスカードに書く。 胸の前でそれを一回抱きしめて。 泰継の帰りをあともう少しだけ待つことにする。 プレゼントは帰るときに渡すつもりなので、改めて鞄にしまって。 「なんだか私ばっかり好きで、ずるいよ・・・。」 待つことが嫌いなわけじゃない。 それでも。 今、すぐに泰継に会いたい気持ちが募る。 こんな日は特に。 「何がずるい?神子?」 突然の泰継の声に花梨は驚いて顔をあげたて玄関を見た。 玄関では泰継が立っており、コートを脱ぐところであった。 「泰継さん!今日はお仕事もう終わったのですか?!」 花梨がぱっと顔を輝かせる。 泰継は洗面所へ向かうと手を洗う。 花梨が立ち上がって泰継の側へと駆け寄った。 「神子、今服を着替えるから。」 泰継の周りを花梨は子猫のようにまとわりつく。 泰継がタオルで手を拭きながら困ったように言う。 「はーい。ごめんなさい。」 花梨は素直に笑って泰継の服を出すべくクローゼットに向かった。 泰継は医大生ということもあって、服に消毒薬の匂いが付くらしく、気になるので必ず部屋に帰るとすぐに着替えるのだ。 そして、身についた消毒薬の匂いを消す為に毎夜菊花香を焚いている。 現代に来ても変わらない泰継の香に花梨はひとり頬を緩ませる。 花梨の出した服に袖を通すと、泰継は花梨の頬をそっとはさみこんだ 「さっき、神子はずるいと言っていた。何がずるいのだ?」 泰継の真摯な眼差しに、花梨の頬が朱に染まる。 大好きな泰継の顔が目の前に迫って花梨の心臓が跳ね上がる。 ーー何がって・・・、そういうとこがよ〜〜〜! もちろんそんなこと言えなくて、花梨は上目遣いに泰継を見る。 頬を染めた花梨を見て、泰継はその瞳に優しさを滲ませた。 「神子は見ていて飽きない。」 泰継はそのまま花梨に軽く口付けた。 ーー前言撤回、かな? 花梨は頬を染めたまま、泰継にもたれかかった。 泰継は花梨の髪を愛しげに撫でる。 泰継にとって、花梨はかけがえのない自分が守るべき人なのだ。 花梨の一挙手一投足、すべてが愛しくてならない。 くるくるかわるその表情も、龍神の神子でなくなったというのに、相変わらずまぶしいほどのその神々しい神気も。 ーー神子は私の守るべき女性だ。 泰継は身体を寄せる花梨を壊さないようにそっと抱きしめた。 柔らかな花梨の身体を抱きしめれば、もっと、という想いが溢れてくる。 それを振り切るように泰継は顔をあげた。 「そうだ、今日はクリスマスイブというものなのだな。通りで赤い服の男に今日食するものだと聞いて、買ってきたのがある。」 泰継は玄関のシューズボックスの上に置かれた箱を持ってきた。 金と銀の色彩に、赤いリボンの四角い箱。 「クリスマスケーキだっ!」 花梨は嬉しそうに泰継の持って来た箱を見た。 なんてことはない、花梨は今日まで泰継にプレゼントするセーターを編み上げることに必死で、ケーキの存在をすっかり忘れていたのである。 「あうう、でも門限が・・・。」 花梨は困ったように腕の時計を見た。 高校生の花梨の門限は8時である。 時刻はすでに7時半をまわっていて、それでなくとも門限破りをしそうな時刻に迫っていた。 「問題ない、神子。式におまえの姿をうつし、家に帰らせればよい。」 泰継がクローゼットの引出しから符を取り出す。 息を吹きかけると白い小鳥が現れる。 「神子の家へ。神子になり代わって、神子の家でクリスマスイブとやらを過ごせ。」 泰継がそう言って、ベランダの窓を開けると白い小鳥は飛び立ち、その姿を消した。 「泰継さん・・・。」 花梨は眉間にしわを寄せて軽く泰継を睨んだ。 ーーいいんですか、陰陽道を自分の都合で使っても? と口に出せなかったのは花梨も泰継とクリスマスを過ごしたいから。 泰継はケーキを冷蔵庫に閉まった。 「神子、夕餉はまだであろう?先日、仕事を依頼してきた者がこの近くによい店があると紹介してくれた。うちからも見える、あの背の高いホテルの最上階にあるレストランだ。その者にクリスマスの予約があと一組取れるからと薦められて今日はそこに予約を入れてある。今から行くぞ。」 花梨が驚いて泰継の顔を覗き込んだ。 「ほんと?泰継さん?」 花梨が顔をぱっと輝かせる。 いくらこの世界の知識も知恵も龍神の加護によって与えられたからといって、現代人らしく二人でクリスマスディナーとは考えていなかったので、花梨は舞い上がった。 そんな花梨を見て、泰継は不思議そうな顔をした。 「そんなに嬉しいことなのか、神子?」 仕事の依頼を受けるときは依頼人がよく食事の席を設けるので、それによく出かける泰継にとって花梨がここまで喜ぶとは思っていなかったのである。 「それは嬉しいですよ!だってクリスマスだもん!」 花梨は嬉しそうに飛び跳ねている。 花梨の言葉からどうやら、食事に行くのが嬉しいのではなく、クリスマスに食事に行けるのが嬉しいのだと泰継は判断する。 知識としてクリスマスというものがどういうものかわかるが、やはり泰継にはいまひとつぴんとこない。 「クリスマスとはイエス・キリストが生まれた日で、それも実際のところ本当かどうかもわかっておらず、ローマ帝国が自国に国教としてキリスト教を受け入れさせる為に、ローマの冬至の祭りにキリストが生まれた、として12月25日をクリスマス、つまりイエスの誕生日にしたのであろう?何故キリスト教徒でもないのに、みなこのように浮かれるのだ?」 泰継は訝しそうに眉を顰めた。 知識としてわかっていても、知恵があっても、わからないことを追求しようとするのは泰継ならではである。 花梨は泰継の言葉に一瞬あっけに取られ、そしてさらに笑い出した。 「なんでもいいんです。私もよくわかりません。でもね、世間のみんなはこの日を一番大切な人と過ごすんです。だから、こうしてこの日に泰継さんと特別なお食事をして、時間を過ごせるのがとっても嬉しいんです。」 花梨の言葉に泰継が微笑んだ。 「一番大切な人と過ごす日・・・か、私には神子以上に大切な人はいない。私も神子と過ごせるのが嬉しい。」 泰継は花梨を抱きしめた。 泰継にとって花梨が一番大切な存在ではあるが、自分が花梨にとって一番大切な存在だということが嬉しかった。 「神子・・・。」 そのとき花梨のお腹が大きく鳴った。 「わっ!」 花梨は真っ赤になってお腹をあわてて抑えた。 泰継は花梨のお腹の音を聞いて身体をくの字に曲げて笑いをこらえる。 「もう!泰継さん!」 花梨が真っ赤になって怒るのを泰継はあっさりと受け流し、玄関へと向かう。 自分のコートを取り、花梨のコートを取る。 「急ぐぞ、神子。」 泰継の声に花梨は頬を膨らませたまま、コートを受け取り袖を通す。 二人して歩きながら泰継がふと思いついたように空を見上げた。 「神子の世界は星が少ないのだな・・・。」 花梨が帽子をかぶりながら泰継を見上げる。 泰継の顔が寂しそうに見えたのは花梨の気のせいであろうか。 花梨も京の夜空を思い出す。 降るような満天の星空。 冷えた空気に星がひときわ輝いていた。 陰陽師として星をよく見ていた泰継。 二人の住むこの世界は、あの京に比べるとほとんど星が見えないといっても過言ではない。 「!」 花梨はふととあることに気が付いて、泰継のコートの袖を引っ張った。 「ね!お腹すいてるの!早く行こうよ!」 花梨の様子に泰継が思い直したように頷く。 二人はとあるホテルの最上階に位置するレストランへとやってきた。 名前を告げて席へと案内される。 ゆったりとしたスペースを取った席はすべて窓に面している。 「あのね、泰継さん。」 花梨は泰継に微笑んだ。 「窓の外、見て。」 花梨の言葉に泰継が眉を顰める。 泰継はここのレストランにすでに何回か来たことはあったが、いちいち窓の外など気にしたことがなかった。 それでも花梨の言葉に従って、泰継が窓の外を見る。 眼下に広がるのはクリスマスイルミネーションに輝く街の明かり。 それは京の満天の星空にも似て。 「まるで京の夜空みたい。星が舞い降りたみたいよね。」 花梨が嬉しそうにクリスマスに彩られた街の夜景を見る。 泰継は吸い込まれそうなほどの、輝く街の明かりを見つめた。 花梨の言葉に泰継は胸に温かいものがこみあげてくるのがわかる。 自分は知らず、京を懐かしんでいたことに。 あまりいい思い出などなかったはずなのに、今はあの京が懐かしく感じられる。 「神子・・・。」 ーーこの少女は私になんとたくさんのことを教えてくれるのだろうか・・・。 嬉しそうに夜景を見つめる花梨に、泰継は愛しさがこみあげてくる。 自分の願いを教えてくれた少女。 自分を変えてくれた少女。 その身に大いなる力を宿した斎姫。 絶対に手に入れられないと思っていた。 しかし、花梨は今泰継の目の前にいる。 泰継は再び夜景を見た。 ーーああ・・・、そうなのか・・・。 満天の星空に憧れて、この地上に星を戴く神子の世界。 願えば叶う。 あきらめるのではなく、手にする為に願い、行動する。 ーーこの世界は神子のようだ。 泰継は異彩の瞳を閉じた。 右目の下が熱く感じられる。 花梨以外には見えない龍神の宝珠。 この世界でも神子を、花梨を守りつづけたいと願い、残された宝珠。 「泰継さん?」 花梨の声に泰継は瞳を開ける。 「京に・・・帰りたいです・・・か・・・?」 花梨の問に泰継は驚いた。 そんなこと一度として思ったことなどなかったから。 「違う、神子。ただ、驚いたのだ。私の中で懐かしい、という感情があることに。」 泰継の言葉に花梨はほっとする。 星の見えない夜空を見上げた泰継が、とても切ない表情だったから。 「懐かしい・・・、そうですね。京は今ごろ大晦の準備で忙しいのでしょうね・・・。私も懐かしいです。たった3ヶ月だけどたくさんのいろんな人に出会えて、いろんなことを教えてもらって、そして・・・、そして泰継さんと出会えたところだから・・・。」 花梨は瞳を閉じた。 目を瞑ればありありと思い出される龍神の神子としての日々。 満天の星空。 鮮やかな紅葉の色。 降り積もる白雪。 雪の降る火之獅子社で、はじめて二人、心を通わせたこと。 「神子、私は幸せだ。私は愛するものを手に入れることが出来た。この世界が、地上に星の輝きを得られたように、私も届かないと思っていた聖なる星を手に入れることが出来た・・・。神子、これからも私のもとで輝きつづけてくれるだろうか?」 泰継の言葉に花梨は頬が熱くなるのを感じる。 ーーと、ときどきすごく恥ずかしいこと言ってくれちゃうよね・・・。 両手で熱くなった頬を押さえながら花梨は小さく頷いた。 大切な人と過ごすその日、泰継は改めて花梨への愛しさを募らせる。 *** 「あのねっ!」 ホテルのレストランからの帰り道。 花梨はクロークに預けていた荷物を受取ると、泰継の腕に自分の腕を絡ませた。 「泰継さんにプレゼントがあるの。」 「私に?」 泰継は驚いたように花梨を見た。 クリスマスはプレゼントを交換する日だと泰継は知識として知っている。 「神子、嬉しいが私はおまえに何もプレゼントを用意していない・・・。」 知っていても何を花梨にプレゼントしていいのか、全く見当のつかなかった泰継は何も用意していなかったのだ。 「何を言ってるんですか!あんな素敵なクリスマスディナーをご馳走してくれたのに!」 花梨はそういうと鞄からラッピングバックを出した。 「はじめて編んだから目は不揃いだし、あまり上手じゃないけど・・・。セーターなの。恥ずかしいから外では着ないでくださいね。」 泰継は花梨からラッピングバックを受取り、袋の中を見る。 薄い淡香色の和紙に包まれているのは、確かにセーターであった。 「神子、外で着るなといったら私はこれをどこで着ればいいのだ?」 泰継の言葉に花梨は焦る。 そもそも、着てもらうつもりで編んだわけではないのだ。 ただ、自分の想いを一目づつ編みこんでいき、形にしたものだから。 「え、えーと、あの・・・。どうしましょうね・・・。あはは・・・。」 花梨は照れ笑いを浮かべながら困ってしまった。 そのとき、泰継はセーターとともに入っていたカードに気が付き、手にとってカードを見る。 『これからもあなたの側にいさせてください。』 カードに書かれた花梨の言葉。 「神子!」 それは泰継の願い。 あの日、天から舞い降りてきた天上の星々よりも輝く斎姫。 泰継は花梨の身体を抱きしめた。 「や、泰継さん!?」 不意に人目のあるところで抱きしめられて、花梨は真っ赤になって身を硬くする。 「神子、神子の側に居たいのは私のほうだ。これからも、この先もずっと・・・。」 泰継の言葉に花梨は心臓が跳ね上がる。 大好きな泰継からの言葉は、花梨にとって何よりのプレゼント。 「泰継さん・・・。」 泰継が意を決したように、腕をわずかに緩めると花梨の顔を覗き込んだ。 「神子の作ったセーターを着たい。部屋に戻るぞ、神子。」 「ええっ?!だってそんなことしてたら終電が・・・。」 「式が帰っているのだから問題ない。」 「ううっ・・・。」 「ケーキもあるぞ。」 「うっ・・・!」 「今日は大切な人と過ごす日なのだろう?」 「そ・・・それはそうですけど・・・。」 泰継に優しく微笑まれて。 花梨は真っ赤になりながらも小さく頷く。 天から星が舞い降りてきた日。 あの日に誓ったことは。 ーー神子を守るのは私だ・・・。 八葉としてではなく、 花梨が龍神の神子だからではなく。 天から舞い降りてきた唯一つの星を。 泰継は優しく、強く、壊さないように抱きしめた。 2001.12.8 最初泰明×あかねでこのお話を考えたみるみるですが、どうも泰明さんが優しすぎて(いや、優しい泰明さんもすきなんだけど)イメージにあわなくてボツにしていたネタなのです。泰継さんで書いたら見事ハマッた! ちなみに出てくるホテルのモデルは名古屋ヒルトンの最上階のラウンジがモデルですv絶景の眺めなのだo(*^▽^*)oあはっ♪ |