飽かずも君を


なまぬるい風が吹く。

「嫌な風だなあ、もう。」
あかねは風に煽られる御簾を必死で押さえた。


バタバタバタ・・・

あまり上品とはいえない足音が響いた。

「あかね?」

天真がめくれあがる御簾をよけながら、顔を覗かせた。

「大丈夫か・・・って大丈夫そうだな。」
「そんなことないよ〜。御簾がめくれちゃって、女房さんたちもほら、見てよ。」

両手が御簾を押さえるのでふさがっているため、くいっと顔で天真の視線を促す。

「わかってるって。それより、この風の感じだと多分台風じゃねえかと思うんだ。お前、あんまり御簾の側にいると木の枝でも吹っ飛んでくるぞ。」

天真の言葉に女房たちがきゃあっと叫ぶ。
その拍子に御簾は再びめくれあがる。

「おどかさないでよ、もう。」

あかねが頬をふくらませる。

「神子、端近に出るなといつも言っているだろう。」

不意に不機嫌そうな地の玄武、安倍泰明の声がした。
天真とあかねが振り返ると、いつの間にやら泰明が御簾をめくって現れるところだった。

「天真、たいふうとは何だ?」

泰明はいつもながら自分の知らない言葉に興味を示した。

「いったいいつのまに・・・台風ってのは嵐のことだよ。熱帯性低気圧でフィリピンの沖合いで発生する・・・っと言ったってわからんか。泰明もいることだし、た・・・っと嵐がくる前に蘭の所へ行って来る。泰明、あかねを頼んだ。」

天真は中途半端な説明のまま、そそくさと出て行ってしまった。

ーーちょっとお!天真君!そんな説明じゃ泰明さんは納得しないって!

天真の中途半端な説明の付けは、あかねに背負わされる。
自慢じゃないが、あかねは天真ほど知識を持ち合わせていない。
泰明への説明は四苦八苦なのだ。

「あかね、天真の言っていた、ねったいせいていきあつで、ふぃりぴんの沖合いで発生する、とはどういうことなのだ?」

ーーああ〜〜もうっ!私にどうやって説明しろっていうのよ〜〜!

あかねは頭を抱え込んだ。

「ええと、それはですね・・・。」

あかねが説明に困っていると、女房が側に寄ってきた。

「神子様、雨が降り出して参りました。このままでは濡れてしまいます。奥へどうぞ。さ、泰明殿も。」

女房が声を掛ける。
めくれあがった御簾の隙間から外を見れば、確かに大粒の雨が降り出していた。
まだ午後を少しまわったくらいだというのに、空は夜のように暗い。
泰明に腕を引っ張られるように、塗籠へと避難する。
塗籠なら雨も入り込まないし、風も防げる。

がっ!

ーーひええっ!泰明さんと二人っきりじゃないのおお!!

さして広くもない塗籠なので、自然と泰明とくっつくような体制になってしまう。
女房たちは蔀戸を下ろしたあと、皆自分たちの房へと逃げていってしまった。

「神子、大事無いか。気が乱れている。」

あかねが赤くなっているので、泰明はあかねの額に手を乗せる。
そのときカッと空が光った。

「きゃあっ!」

あかねは驚いて泰明にしがみついた。
あかねは雷が苦手なのだ。
以前、藤姫と話をしている時にも雷がなった。
そのときは自分が恐がる前に藤姫が恐がってしまったので、なんとなく恐がることもできず、必死で怖いのをおし隠したけれど。

だけど。

今は。

ガラガラピシャッ☆ドドーンッ!

雷の落ちる音が鳴り響いた。

「いや〜〜〜っ!」

あかねは泰明の袖に隠れるように、耳を両手で塞いで身体を丸める。
泰明は小さく溜息をつくと、あかねの背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「大丈夫だ神子。落ち着け。」
「おっ、落ち着いてられませんよ〜。だってここには避雷針がないんだもん。いつ落ちたって不思議じゃないんですからっ!」
あかねは顔もあげることが出来ずに、ぶんぶん顔を振った。

「ひらいしん?何だそれは?」

ーーああ〜もうっ!こんな時に聞かれたってわかんないってばっ!

「雷が落ちないようにするためのものですっ!わっ!また光った!」

あかねがまたも泰明にしがみつく手に力が入る。
泰明は溜息をついた。
そして懐から符を取り出すと、息を吹きかけた。
たちまち符は小さな小鬼の姿をとる。

「戸を閉めよ。」

泰明がそういうと、小鬼はちょこちょこと歩き出し、開いたままの戸を閉めた。
そして泰明のもとへと戻ってきた。

「灯台に火を」

また小鬼は灯台の方へ行くと、灯台に火をつけた。
薄暗い部屋を、温かな灯りが照らす。

「ご苦労。」

泰明が言うと、小鬼はたちまち符に戻り、泰明の手におさまった。

また雷の落ちる音が響いた。
あかねはびくっとして身体を震わせて、これ以上小さくなりようがないほど背中を丸める。
泰明はあかねをそっと抱きしめた。

「私がついている。大丈夫だ。」

遠くで雨の叩きつける音と、風の唸り声が聞こえる。

なのに。

泰明の腕の中にいると、すべてから護られているようであかねは徐々に安心してきた。
そしてそれはとても心地よくて。
泰明の何か言う言葉を聞いたような気がした。






腕の中ですっかり身を預けてしまっているあかねの髪をそっと撫でる。

ーーお前は私に対してあまりにも無防備だ・・・。

塗籠の扉の隙間から月の光が漏れてくる。
昼間の嵐が嘘のような美しい月夜が訪れていた。
微笑みを浮かべて眠る少女の瞼に口付けを落とす。

ーー神子、お前と過ごす安らかな夜は今宵限りだ。次にお前と過ごす月夜は、きっとお前に眠りを与えはしないだろう。







目が醒めると朝だった。

「あれ?」

いつも眠る御帳台であかねは寝ていなかった。
褥が塗籠にしつらえられ、几帳が持ち込まれているのだ。
回りを見回すが、誰もいない。
明るいと思ったら塗籠の戸が開いていた。
几帳の隙間から光が差している。

ーー泰明さん・・・?

あかねはあたりを見回して、目的の人物を探した。

カサ・・・

几帳の下に隠されるように淡香色の薄様が落ちていた。




さ夜ふけて 天の門(あまのと)わたる 月影に
            飽かずも君を あひ見つる哉


ーー夜がふけて大空を渡っていく月は名残惜しく、いくら見ていても堪能しないものだが、そのように月の光のもとで、見飽きもせずに、あの人をじっと見つめていたことだ。




★あとがき
これは古今和歌集の歌です。

でもって、後朝の歌だったりします。きゃっ!(///)

既成事実ははないにしろ、泰明さんがどれくらいあかねちゃんに惚れてるか書いてみたかった作品です。

しかしあかねちゃん、寝すぎ(ーー;)、不眠症のみるみるはつい、理想をあかねちゃんに押し付けています。(^^ゞ

フリー創作です。誰かもらってやってくださいねvv(いるのか?そんな奇特なヤツ)