without noticing

気がつけば俺は――






俺には幼馴染がいる。
茶道の家元の娘で、大人しくて和服の似合う女である。

…表面上はな。

テニスコートのフェンスの向こうであいつが俺を見つけて手を振る。
だが俺はいちいちそれに反応せず、幸村のいないこの立海大付属を全国制覇へ導くた

めに部員を指導する。

「真田副部長、さんがこっち手を振ってますよ。いつみてもキレイな人っスね

ぇ〜。」

そのようなことお前に言われなくてもとっくの昔気がついている。

「ね、ね、挨拶しないんスか?だったら俺してきちゃおっかな〜。」

赤也の能天気な言葉に俺は苛立ちを隠せなくなる。

「赤也、部活動中によそ事とはいい度胸だな。」

できる限りの冷静な声で赤也に視線を向けた。
俺の睨みに竦んだ赤也がバツが悪そうに小さくなる。
あたりまえだ。
おまえがに興味をもつのは100年早い。

俺は溜息をついて視線をのほうへと向けた。
そこにはすでに丸井ブン太と仁王雅治がにたかっている。

「すまんの、ちゃん。やつ、照れてしもて知らん振りするからのぅ。だから俺

のプレイでがまんしとき?まあ見ときんしゃい、とっておきをみせてやるからの。」

仁王がにこにこと顔をに寄せる。

「いやコイツじゃなくて俺の天才的妙技を見ててくれよ。ぜってー、楽しいからよっ

!」

丸井が仁王を押しのけるようにに言う。
俺は仕方なく溜息をついた。

「丸井、仁王、お前たちは素振り100回だ!とっとといけ!」

俺はにたかっているふたりにそういうと、ふたりとも嫌そうな顔をしてこっち

をみた。
しかし俺はそれをあえて無視する。
そして仕方なくフェンスの向こうのの側へと行く。
おろおろとするに俺は冷たくいいはなつ。

、部の規律を乱すな。早く帰れ。」

途端の表情がさっと変わる。
泣きそうな、寂しそうな顔。
それでも俺はそれだけ言うとさっと背を向けた。
あいつが部に顔を出すとそれだけで浮き足立つ輩が多いのは間違いない。
だから俺の立場としてはあいつに顔を出して欲しくはない。
はくるりと振り向いてだっと駆け出してしまった。
俺は小さな溜息をつく。
そこへ蓮二がやってきた。

「磨きがかかってるな。」

蓮二の言葉に俺も頷く。

「ああ、そうだな。」

俺は深い溜息をつく。
どうしてあいつはこんな風になったんだろう?

「仁王以上だな。」

蓮二の言葉に俺の心はますます疲れを覚える。

「ああ、仁王以上だ…。」








俺の幼馴染。
近くに住んでおり、茶道家元の一人娘で柔らかな物腰、おっとりとした物言い、加え

てその美しい面立ちから世間での評判はすこぶるいい。
すこぶるいいから俺は余計に溜息が出てくる。

「おーい!弦一郎っ!!帰ってるんだろっ!一試合やろーよっ!!」

俺の家には道場がある。
警察官で剣道教官の父が家で教室を開くために作ったものらしいが、仕事に忙しい父

は結局ここを誰にも解放したことがなく、家族が使っているに過ぎない。
その家族の中に何故かが入っている。
俺を呼ぶ階下の道場からの声はである。
俺は制服を着替えることもなく、仕方なく道場へと足を向けた。

「なによ、まだ着替えてないの?早く道着に着替えてきなさいよ、今日こそ一本とっ

てやるんだから。」

びしっと竹刀を俺に向けてくる。
濃紺の上衣に同じく濃紺の袴。
面はつけていないが胴着にはの文字。

「この道場破りが…、俺はこのあとトレーニングがある。の相手はできない。」

そういうとくるり、と背を向ければ背中にがばっ、と抱きつかれる。

「弦一郎、冷たいっ!最近テニスばっかりで相手してくれないじゃん!!」

俺は頭が痛くなった。
なんでコイツはこういう風になったんだ?

「我儘いうな。今度は関東大会の決勝なんだ。俺たちはいつでも全力で行く。おまえ

につきあってる暇はない。」

しかし背中にはりついたコイツは離れようともしない。

「いいじゃん、剣道だってリッパにトレーニングになるって。それとも私に負けるの

がイヤなのかな?」

くす、っと笑ったコイツ、きっと今挑戦的な顔をしているのだろう。
わかっている。
コイツの挑発だということを。
だが今度は決勝なのだ。
赤也が負けた一年がいるあの青学とだ。
油断はできない。
いつでも全力でいくのが俺たちの方針だが、今度は何かいやな感じがして仕方がない


できる限りテニスのトレーニングをしておきたい。
全力以上のものを出せるようにしたい。

「なんだよー、つまんないっ!」

はそういうと仕方なさそうに俺から離れた。

「ああ、それから。」

が思い出したように俺を呼び止める。

「なんで昔のように、っていってくれないのよ?」

…言えるか。

俺は黙ったまま背を向けている。

「なんならって呼んでくれてもいいのになぁ。」

…絶対言わん。

俺の沈黙にが溜息をついた。

「かーえろっと。」

が仕方なそうに防具の入っていた重そうな袋を肩にかつぐ。
そういう姿を男が見たらきっと手助けしてやりたくなるのだろうな。
でも俺はできない。

「気をつけて帰れよ。」

そういうと俺は道場をあとにした。
背中にの溜息を聞きながら。










青学との対戦の前日だった。
授業が終わり、くだらない連絡事項が長くてHRが長引いてしまった。
ようやく終わって俺が席を立ったそのときだった。

「真田っ!」

柳が俺の教室へと慌てて駆け込んできた。
俺は顔をあげる。

「どうした、蓮二。」

鉄面皮の蓮二の顔が珍しく青い。

が道場にいる。」

俺は一瞬目を見開いた。
あいつは表向き大和撫子のような女を演じている。
箸より重いものはもったことありません、なんていうお嬢様面で、本当は武道系一般

に秀でてなおかつそれが好き、大人しそうな表面の裏はおっちょこちょいで好戦的、何より

猫を被ったその姿で他人を騙すのに快感を覚えるようなヤツである。
だから猫を被っているこの学校という舞台で、あいつが道場にいるなんて考えられな

い。
あるはずがないことである。

「とにかく剣道部の連中が困り果ている。何とかしろ、真田。」

内心舌打ちをして俺はかばんもそのままに道場へと向かった。

道場へ駆け込めば、防具をつけた面々が座り込んでいる。
肩で息をしているのもいれば、ぐったりと壁にもたれこんでいるのもいる。
ちなみに我が立海大付属の剣道部は女子部、男子部混合で練習している
倒れこんでるやつはほとんど男だった。
その中でただひとり、悔しそうな顔で肩で息をしている女がいた。
女子剣道部の部長だったか。
名前までは覚えていない。
確か俺に何度も剣道部のヘルプを要請してた奴だったはずだ。
道場の中央では防具もつけず、制服姿で竹刀を手にしたが立っている。

「はん、一度も優勝経験がないわけよね。弱すぎるったら!」

熱くなってるのか、口調が猫を被っていない。
いったい何があったっていうんだ?

「弦一郎?なんでここに来たのよ?もしかして柳から聞いたの?」

俺の姿に気がついてが眉を顰めた。

「何をしているんだ、。」

はちらりと女子剣道部部長に視線を投げた。
女がびくりとして震える。
よっぽどのことをされたのか、女の目には怯えが含まれている。

「卑怯な真似だな。」

俺は女に冷たく言い放った。
女は俯いて震えている。
返り討ちにあったのだから、俺はもうそれ以上言わなかった。
とにかくこの事態を収拾しなければならない。

「剣道部の主将はどこだ?みな、コイツが迷惑をかけたようで申し訳ない。怪我して

いるヤツはいないか?怪我してない奴は怪我してる奴を保健室へ急いで運べ。一年は道場を

拭き掃除しろ。でないと汗で滑って危険だ。」

弾かれたように一年生が掃除道具の入ったロッカーへと行って雑巾とバケツを取り出

す。
幸いけが人はいないようで、束になって座り込んでいた連中ものろのろと場所を移動

して隅へと固まった。
その中でひとりの男が俺のほうをじっと見る。
確か剣道部の副主将だったか。

「真田、ソイツをちゃんと捕まえてろよ。」

搾り出すような声で囁くように俺に言う。
はっ!なんで俺がを捕まえておく必要があるんだ。
くだらん。
だいたい、いくらがこの俺と互角に渡り合えるだけの剣道の腕前だとしても、

剣道部の連中はたるんどる。
肩で息をして苦しそうにし、に負けたであろうお前に言われるようなことじゃ

ない。
大体なんで俺がコイツの不始末をしてるのかさえ、よくわからないというのに。
俺は剣道部の副主将をあえてを無視した。
そして俺も道場にあがるとの手にしている竹刀をとりあげ、手近にいた部員に

投げる。
そしてを肩に担ぎ上げた。

「ちょっと!弦一郎何するのよっ!」

拳で俺の背中をたたくが、とにかくこいつを道場から出すのが先決である。
誰かがの靴を差し出してくれて、俺はそれをもう片手に持ってそのまま道場を

後にした。

「ちょっと弦一郎っ!離してってばっ!」

それからがわめくのも無視してテニス部の部室へと連れて行く。
蓮二が気を利かしたのか、俺の荷物がすべて置いてある。
俺はを肩からおろすと見下ろした。

「なんでこんなことになったんだ。」

自分でも自覚できるほど機嫌の悪い声である。
が俺をじっと見上げる。
ぐっとなったはやがてそっぽを向いた。

「言え。いったいどうした?」

俺は早くテニスの練習に行かねばならないんだ。
おまえにふりまわされる時間はない。

「…知らない。」

ぽつり、とそういうとつん、と顔をあからさまに横に向けた。
ますます俺は不機嫌になる。

「知らないとはなんだ。お前が道場にいるなど学校ではもってのほかじゃないのか?



不意にが俺をにらみつけた。

「この鈍ちんのすっとこどっこい!!」

はそういうと俺の頭をぐいっと掴んだ。
との身長差はかなりある。
しかし、の力は有無を言わさない強いものがあり、俺の頭はの手に挟ま

れて前かがみにさせられた。

「何を…?!」

重なった唇に俺は一瞬目を見開いた。
柔らかな唇の感触に、一瞬眩暈がする。
甘い、柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、俺は驚きで目を見開いたまま呆然となる。

やがて離れたの唇が、泣きそうなくらいに震えていることに気がついた。

「…女子剣道部の部長があなたを好きだなんて…、…あなたはきっと気がついてない

んでしょ…。私がさんざんあの女に嫌がらせを受けてるなんて、あなたはきっと知りもしな

いし、興味もないんだわっ!」

は震える唇でそれだけを言うと、だっとテニス部の部室から飛び出して行った


俺は追う事もできず、ただ溜息をつくばかりだった。

確かにあの女子剣道部の部長は俺のところによく来ていた。
剣道部は女子も男子も混合で練習しているため、剣道部の主将も俺に剣道部のヘルプ

を頼むが、女子の部長が頼むことを別段なんとも思っていなかった。
確かにやたらまとわりついていたような気がするが、に比べたら比ではないか

らなんとも思わなかったかもしれない。
なにせ家に帰ればがべったりくっついてくるから、それから比べれば大したこ

とではないのだから。
唯一と違うのは不快な思いがしたということくらいか。
たるんだ剣道部の手伝いをなぜ俺がしなければならない、と思っていたからかもしれ

ない。

キィ、と部室のドアが開いて仁王が入ってきた。

ちゃん、泣いっとったの。いくらなんでもお嬢を泣かせるのはいかんのぅ。



仁王の言葉がいつも以上に低く、怒りが込められている。

「どいつもこいつも…。」

俺は深く嘆息した。
どうしてあいつはわからない。
どうしてまわりも気がつかない。
俺があいつを避けてるのは、あいつが単なる幼馴染として見れないからだということ

を。

俺の溜息を仁王がどう捉えたのか、仁王が意味深に笑った。

「まあ、早くお嬢にいいんしゃい。でないと明日の青学戦、悔いが残る結果にならん

とも限らん?」

俺は仁王を睨んだ。
飄々としているが、こいつの言っていることはかなり的を得ているし、観察眼もいい


奴は青学を脅威すべき相手であることを示唆しているのだろう。
確かに蓮二のデータから判断するに油断のできない相手だ。
ただ手塚がいない。
手塚のいないあいつらがどこまでできるのか。
あの一年、越前リョーマがどこで出てくるのか。
未知数は多い。

「終わってからでいい。」

俺は制服のネクタイを解いた。
幸村に約束した。
俺たちは無敗で全国へ行くと。
幸村の手術を応援しに行くと。

だから俺たちは勝たなければならない。

今は。

今はあいつに何か言えるような状況ではない。

「…ククッ、まあ、それならそれでもええかもな。あとはあんただけやからの。」

仁王はそう言うと出て行ってしまった。
何が言いたいんだあいつは。
まるであいつではなく、俺がダメージを受けているとでもいいたいのか。
そんなはずはない。
俺は全力で行く。
必ず勝ってみせる。

そんなときに限って、両腕のパワーリストが重く感じられる。
心が重たいのと同様に、身体まで重く感じられる。
それを俺はあえて無視して練習に臨む。








家に帰ってひとり、真剣を持って佇んでいた。

この部屋は居合いを行う部屋である。
ゆえに誰もこの部屋には近寄らない。
それだけに静かに心を鎮めるにはうってつけの場所だった。
真剣を手に正座して心を落ち着けようとする。
しかし考えれば考えるほど心のざわめきが増すようで、苛立たしさも最高点に達しそ

うな勢いである。
真剣を扱うときには集中力が必要である。
すべての気を刀の一点に向け、その力を刀の一点に込めいっき叩き斬る。
俺は考えれば考えるほどあいつを思い出して苛立たしさが増す。
どうして気がつかない。
どうしてわからない。
鈍いのはどっちだ。
いつまでも幼馴染の延長線上にいると思ったら大間違いだ。
蓮二がなぜ俺を呼びにきたかわかるか?
なぜ俺が道場に駆けつけたのかわかるか?
どこが鈍いんだ。
のほうがはるかに鈍い。

俺は居合いをすることを諦めた。
こんな気持ちのままでは真剣を扱うことなど許されない。
ならば。
気は進まなかったが、それでもこの件にカタをつけたほうが明日の試合にいいと判断

する。
結果的に仁王の言うとおりになるか。

俺は道場へと向かった。

案の定やはり居た。

濃紺の上衣と袴に胴衣、籠手をつけ、正座してじっとさっきの俺と同じように集中し

ている。
傍らには面も置かれているから、もしかしたら俺よりももっと有段者の兄貴とやるつ

もりで来たのかもしれない。

。」

久しぶりに名前で呼ぶ。
おまえはそのことがわかっているのか?

目を開けて俺を真っ直ぐに見上げる視線。

猫を被って大人しそうに学校では振舞っているが、おれはこっちのの方がいい


幼い頃から見てきたそのものだ。

「すまなかった。」

謝ったのはお前が傷ついていたことを知らなかったから。
あの女子剣道部の部長に嫌がらせを受けているとは全く知らなかったからだ。
まさかあの女が男女の体力の差を無視して、に剣道部の男どと戦わせるという

暴挙をしたようだしな。
結果的にの剣道の腕前を知らず、すべて返り打ちにあうとは思っていなかった

ようだが。
は首を振った。

「こっちこそごめん。あんなにアツクなるなんて自分でも驚いたくらい。」

は苦笑した。
それはそうだろう。
家が茶道の家元、ということで厳しい親に育てられたのは間違いないだろうからな。
実際茶道も華道も日舞もかなりの腕前ではあるし、世間では大和撫子のように見られ

ているが、それは確かなものがあっての評価であるから、コイツはやはり大和撫子然と見て

もいいのであろう。
だからといって、その性格まで大和撫子とは限らないわけだが。
ただそれだけの評価を得るため、はそれなりの努力をしてきたのだから、いく

ら熱くなったとはいえ、その評価を自分で貶めるようなことをしてしまったことに、少なか

らずショックをうけているように見えた。

「軽蔑した?弦一郎にあんなことして。」

は苦笑いをしながら聞いた。
こうして話している間も俺を見ようともしない。
それが俺には妙に感に触る。
どうしてそんな後悔しているような口ぶりなんだ?

「お前は後悔しているのか?」

の態度が苛立たしくて俺は逆に質問をした。
はまっすぐに道場の壁を見ている。
そして。

「後悔してる。」

短く答えた。
俺は打ちのめされた気分だった。
だったらなぜあんなことをした?
俺は闇に沈み込むような感覚を覚える。
そして背を向けようとしたときだった。

「弦一郎のことも考えないで、自分の気持ちだけ押し付けたこと、後悔してる。」

ただ一点、道場の壁を見つめて。
握った拳は白く。
微かに震えて搾り出すようにそういった。

「後悔しなくていい。」

おれは短くそういうとくるりと背を向けた。
の立ち上がる気配がする。
しかし俺は立ち止まらなかった。
に背を向けて俺は道場をあとにする。
たまらなく愛しいという思いがこみ上げる。
でも俺は。

すまない。

今言えるのはこれだけだから。

気がついていてくれ。

そして気がつかないままでいてくれ。

「明日、頑張ってね。」

の言葉に俺は思わず立ち止まった。
その言葉は不思議なほどするりと俺の心の中へ染み渡る。
その言葉に心底救われたような気持ちになるのはどうしてだろう。

ああそうか、だから。

だからこいつなんだと再認識する。

どんな女も女々しいか、煩いかだけなのに、は違う。
どんなにまつわりついても煩いと思ったことは一度としてない。
俺のことを見て、何が必要で何が必要でないかをちゃんとわかっている。
だから煮詰ってきている俺を剣道に誘ったり、今もこうして気がつかないふりをして

くれている。
ようするに居心地がいいのだ。

「勝つだけだ。」

そうだ。
そして明日は幸村の手術の日でもある。
俺たちも勝つ。
だから幸村にも勝ってもらわなくてはならない。

「幸村の応援に行ってくれないか?俺の代わりに。」

俺の言葉にが小さく笑った。

「偶然。弦一郎の代わりに行こうと思ってたんだ。」

笑みを含んだ涼やかなその声音に俺は少しだけ気が緩んだ。

「頼んだ。」

俺はそのまま行こうとしてはたと立ち止まる。
そしてくるりと振り返って。

「どんなことがあろうとも、素の自分を見せるなどおまえらしくない。たるんどる証

拠だ。」

俺の言葉にがあからさまにむっとした顔をする。

「なによっ!べぇっだっ!!明日立海が青学に負けたらずーっとお転婆なさん

でいるつもりだもんねっ!」

俺に向かって舌を出す。
内心笑いがこみあげてくるが、当然そんな表情はおくびにも出さない。
いやはわかっているのかもしれないが。

「安心しろ、負けるつもりはない。」

俺の言葉にがちょっと目を見開く。
そしてくすり、と笑う。
俺はの笑顔を見てようやく気が少し緩まった。
いつものと俺に戻る。
これで明日は集中して試合に臨めるというもの。

幸村のためにも。
のためにも。
俺自身のためにも。

明日は絶対に負けられない。