くりかえし

は大会会場へいち早くついていた。
救急箱、スコアボード、ビデオカメラ、などを持ってスタンドのコート間近を陣取る。
今日は六角中との対戦である。
ともに全国大会の出場を決めている学校である。
彼らのプレイスタイルをビデオカメラに収めて、全国大会用にむけての資料の一つにするつもりである。

「うーん、乾先輩みたいだ。」

ビデオカメラをセットしながらはひとり苦笑した。

「誰が乾なのかな?」

すっとの前に影が差したかと思うと、からかうような声がかけられた。

「ビデオカメラなんてセットしちゃってる私ですよー、不二君。」

ビデオカメラの設定をしながら試す、眺めつしつつ、後ろを振り向きもしないでは答えた。

「オハヨ、。」

するっと両手がの目を覆う。

「オハヨウゴザイマス、不二君。手、どけてくださいね。見えないです。」

がしれっと答えると、不二は苦笑した。

がこっちむいてくれたら手、離すよ。」

不二のからかうような、いたずらっぽいセリフには小さく溜息をついた。
どうも今日は朝からハイテンションなのだろうか、絡んでくる。

「こうでいいですか?」

がくいっと顔をうえにあげて、上から覗き込んでいるであろう人物へと顔を向ける。
不意に視界が開けると目の前に不二のアップである。
一瞬驚いたそのあと、軽くおでこにキスをされる。

「いいね、その顔。」

目を見開いて驚いた表情のを見て、不二がにっこり笑った。

「朝から何するんですかー!?」

今度こそ本当に身体を捻って不二のほうへと身体を向ける。
真っ赤になって怒るに不二がにこにこと笑う。

「朝の挨拶だよ、。いいでしょ?おでこくらい。」

朝も早くからさわやかな微笑みをされ、は怒る気力も萎えてしまう。
でもイヤじゃないのだ。
どちらかというと嬉しい。
けれどこんな姿を誰かに、それもテニス部の誰かに見られたら、と思うと恥ずかしくて仕方ない。
そのとき、不二の視線がまっすぐに反対側のスタンド席へとむけられていることに気がついた。
不敵な微笑み。
嫌な予感がして、は不二の視線の先を見た。
立っているのは赤いジャージ姿。
じっとこちらを見てるのは佐伯だった。
不二は佐伯に向かって手を振った。
佐伯も不二に手を振る。
ただの挨拶ではあるが、どちらも凄まじいまでの好戦的な表情である。
は一瞬青くなった。
合宿の打ち合わせに六角中に出かけた折、佐伯からのアプローチを思い出したのである。

「あ、そうだ竜崎先生がドリンクを車で持ってきてくれてるんだった。私見てくるね!」

どうにもその場に居合わせるのが居心地悪くて、は思い出したようにベンチから腰をあげるとビデオカメラをその場に残して駆け出そうとした。

「待って。」

二の腕をいきなり不二に掴まれてはびっくりして不二を見た。

「な、なに??」

掴まれた二の腕が勢いよく引っ張られ、不二の胸のに痛いほど鼻をぶつける。
線が細いのに、やはりスポーツ選手なのか意外なほど力が強く、がっちりとした身体にはしらず頬を染める。

「気をつけて行ってきてね。」

そういっての身体を優しく抱きしめ、頬に優しいキスをする。
は今度こそ本当に真っ赤になって、不二の手が緩むとその場から逃げ去るように走っって行ってしまった。
その様子を不二はくすり、と笑って見守る。
そして視線を佐伯に移せば、やはりこちらを睨むような視線を送っていた。
不二は佐伯ににっこり笑うと反対側のスタンドにいる佐伯のもとへと行く。

「おはよう、佐伯。」

不二の言葉に佐伯は苦笑した。

「おはよう、不二。朝からあまりを困らせるなよ。」

佐伯の言葉に不二はくすりと笑った。

「恋人同士のただの朝の挨拶だよ。刺激が強かったかい?」

佐伯が肩をすくめた。

「相変わらずだよな。まああまりを困らせるなって。いちゃつくのは勝手だけど人の前ではやってくれるなよ…、不二はよくてもは困ってたみたいだぞ。」

佐伯の言葉に今度は不二が肩をすくめた。
どうにも恥ずかしがりやの不二の恋人はなかなか隙がないのだ。
本当なら四六時中抱きしめてキスしたいところではあるが、まわりももそれをなかなか許してくれるような雰囲気ではない。
それだけに不二は苦笑した。

「了解…、でもを譲る気はさらさらないからね。」

不二が不敵な微笑みで佐伯を見た。
佐伯はにやりと笑うと不二の視線を真正面から受け止める。

がこっちに来たいっていったら止めるなよ?そのときは不二、お前の負けだからな。」

佐伯の言葉に不二は少し目を見開いた。
そしてくすりと笑う。
いつもそうである。
この幼馴染はだけでなく、すべてにおいて不二のやる気を引き出してくれる。

「戦いたいな、佐伯と。」

不二はくるり、と背を向け、肩越しに笑った。
佐伯もにやりと笑いながら不二を見る。

「俺もだよ、不二。」

ぞくぞくするような高揚感を不二は覚える。
を挟んでいるからではなく、真実佐伯とプレイすることが楽しみだった。
そのせいか、妙に浮き足立っている。
不二は知らず微笑んでいた。
スタンドには青学レギュラー陣が揃っていた。

「何話してたのさ、不二?」

菊丸の言葉に不二は微笑んだ。
佐伯の動体視力のよさは菊丸と同じくらい。
菊丸のアクロバティックと、あのステップで佐伯とどこまで対峙できるだろうか。
そして自分は。

「ちょっと話をね。久しぶりだし。大石、エントリーはもう終わった?」

不二の言葉に大石が力強く頷いた。
そしてエントリー票を見せる。
不二は唇の端をあげた。

「楽しみだね。」

そう呟いて菊丸を見る。
菊丸も楽しそうである。
勝手しったる間柄である。
菊丸も不二も嬉しそうで、かつ楽しそうで。
大石は苦笑をした。

「みなさ〜ん、お待たせしました〜!」

大きな声で駆けてきたのはである。後ろには何故か乾。

「ドリンク持ってきましたよー。さ、早くみなさんアップしてくださいね?試合が始まる前に!」

乾の両手にはレギュラー陣と同じ数だけのボトル。
菊丸は嫌そうに笑った。

「…ね、ねぇ、乾特製…なんてこと、はないよ、ね…?」

はふと乾を振り返った。
そして満面の笑みを浮かべる。

「だいじょーぶですよ!途中で乾先輩がすりかえてない限り、フツーのスポーツドリンクです!」

…だからそれがいちばん怖いんだって。

口には出さない、みなのひきつった微笑みに、は首を傾げる。

「今回はがいろいろ俺にアドバイスを求めてきてな、どうだ?飲んでみるか?菊丸。」

ずいっと出されたドリンクボトルに菊丸が蒼白になる。

「ええと、いや、俺は…、」

がその様子を見て首を傾げる。

「美味いよ、コレ。」

いつの間にやら不二がボトルを取って一口飲んでいる。

「不二は味覚がへんだからー。乾特製汁を美味いなんて言って飲めるのは不二だけ!」

菊丸が半ば叫ぶように言うと、不二はちょっと小首を傾げた。

、じゃあコレ飲んでみて?」

不二が先ほど口をつけたボトルのストローをすいっとの口元へと差し出す。
はそのままそのストローを口にして一口飲んだ。

「うん、美味しい。フツーのドリンクですよ?」

と振り返ってが菊丸を見るとそこには凄まじいまでの形相をした青学の面々が居並んでいた。

「ふーじー!!!!」
「ふじせんぱいっ!!!」
「フシュゥゥゥ…!」

皆の勢いにが一歩あとずさる。

「み、みんな…?」

「少しは自分が何したか気づいたらどうっすか?先輩?」

の後ろでにくったらしいほど呆れた声音で越前が呟くように言う。
が慌ててふりむくと、帽子を深めに被りなおす越前がいた。

「不二先輩、先輩気がついてないっすよ?」

その言葉に不二がくすりと笑って越前を見た。

「そうだね。」

不二の余裕すら感じさせるセリフに越前は少し鼻白む。

「間接キスなんて、まだまだだね。」

つい、とその場を離れてスタスタ歩き出す越前にははっとしたように口元を押さえた。
小さな頃から兄弟同様、仲良く過ごしてきた人物である。
間接キスなんてあたりまえ、というか特に意識もしていなかったけれど、他のメンツはどうやら違うようである。
いや。
もしかしたら不二は他のレギュラー陣を牽制する意味で、さりげなく間接キスを促したのかもしれないと思うと、今更ながらは脱力を覚えずにいられない。

「そういうわけだから…、誰にも渡さないからね。」

不二の微笑みは無敵である。
青学レギュラー陣は内心どっと疲れを覚えた。

――不二だけは敵に回したくない

誰もがこう思うであろう。
ただ一人を除いて。

「やってやろーじゃん。」

視線を背後の不二へ向ける。
沸々と沸き起こる闘志。
テニスでものことでも。
越前は負けるつもりなどさらさらないし、引く気もないようである。



――全く次から次へと。

不二は苦笑した。
は確かに可愛い。
それは自分だけでなく、青学テニス部だけでなく、他校にまでその魅力をふりまいているといって過言ではない。

――まあそれでも負ける気はしないけどね。

傍らに座るをちらりと見る。

「どうしたの?不二君。」

きょとんとした顔で不二を見るその表情。

「どんな奴が来ても負けはしないってこと。」

不二がにこりと笑った。
は小首を傾げる。

「うん、不二君のテニスなら絶対負けないよね。」

と的外れな答えをする。
不二はくすくす笑いながらの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「ふふ、何度も戦いを挑んできてる奴もいるけど、ボクは絶対負けるつもりはないからね。」

――何度も戦いを挑んできてる奴?

は小首を傾げた。
今回の不二、菊丸ペアの対戦相手は佐伯、樹ペアである。
確かに不二は佐伯とは何度も戦ったことがあるが、どうも不二の言葉のニュアンスからは微妙に違うように感じる。

「さ、試合が始まるよ。ともに全国に出るからしっかりデータを取っておいてね。」

そういってセットしたビデオカメラを不二が指差した。
は慌ててビデオをセットする。
コートには桃城、河村ペア、そして対するは黒羽、天根ペアである。
は液晶画面を見ながらビデオを再調整した。