大会


4関東大会のくじ引きを手塚部長と大石先輩とで行く、ということで私も連れて行ってもらうことにした。
去年の優勝校、神奈川の立海大付属中学である。

「うわー、ここなんだ。」

初めてトーナメントのくじ引きに連れて行ってもらってちょっと興奮気味の私に大石先輩が色々説明してくれる。
くじを引くのは部長と決まっていて、手塚先輩が引くことになってるらしい。
関東大会に出場するのは全部で16校。
関東大会に出場を決定している各校の部長たちが集まってきていた。

「東京の1と2、神奈川の1、千葉の1はシードに決まっているから、いきなり立海大付属とか六角にはあたらないよ。」

大石先輩の言葉に少し胸をなでおろしたものの、シードに入っていない強豪は他にもある。
例えば不動峰とか氷帝。
もちろんそれは実際に戦っている大石先輩や手塚先輩のほうがよくわかっているわけで、彼らからは緊張感が伝わってくる。

「どことあたってもベストを尽くすだけだ。」

手塚先輩の言葉に頷きながら、くじ引きの行われる会場へと足を向ける。
緊張感のせいか、はいてもたってもいられない。

「ごめんなさい、ちょっと失礼させてください。」

は立ち上がるとWCへと向かった。
用を済まして出て廊下を歩くと窓を何気なく見る。
緑がまぶしくて夏の訪れを感じさせる。
はちょっと目を細めた。

「暑くなりそう…。」

これから関東大会、全国大会と進めば暑い夏の炎天下での戦いが待っている。
体力の消耗も早い。
見た目と違ってテニスはハードなスポーツなのだ。
これからの戦い、スタミナをつけるように食事指導も入れていかなければ、と改めて思う。

「久しぶりだな、。」

突如聞きなれない声に仇名を呼ばれては驚いて振り返った。

「…跡部…景吾…。」

は驚いて思わず立ち竦んだ。

「おいおい、いきなり呼び捨てかよ。変わってないな、オマエ。」

跡部の嘲笑するような笑いには一歩後ずさりした。
は跡部を知っている。

「そんなに怯えなくてもいいだろ?何も取って食やしない。ただの挨拶だ。」

跡部の言葉にはじっと睨みつける。

「俺のことがそんなに気にいらねぇってか。」

跡部の言葉には黙っている。
跡部がくいっとの顎を掴んで上を向かせ、視線を合わせる。

「つれねぇな。せっかくかつて一緒にダブルスを組んだ相手だろーが。」

かちん、ときた。
だからなんだというのだ。

「ダブルスを組んだことがあるのはあなただけじゃないわよ。」

組んだことがある、というのなら不二もそうだ。
でもだからといって不二とは何もかも話せるようなそんな間柄ではない。
当然跡部とでもそうである。

「青学テニス部の天才、不二周助とも組んでたな、確か。」

ムカムカムカ。
はぱしっと跡部の手を叩いて、顎にかけられた手を放させた。

「だから何よ。もうすぐくじ引きがはじまるわよ、氷帝テニス部の部長さん。早く行ったらどう?」

はきっと跡部を睨んだ。
昔からそうだった。
人を見下すような、そんな態度。
ダブルスを組んだときもどうにも跡部の動きが読めなくて苦労させられた。
というより、パートナーの動きが読めなくてはダブルスでは成功しない。
跡部はやはりシングルスプレイヤーなのだ。
早々にダブルスを解消して彼にとっては正解なのである。

「ほんとつれねぇな。まあ、いいさ。ウチは関東大会から正レギュラーで臨む、こてんぱんに青学を潰してやるよ。楽しみにしてな。」

跡部の言葉にが青ざめる。
そう、早くから氷帝にあたる可能性は十分にある。
立ち去る跡部にはじっと睨みつけた


跡部が見えなくなるの待って、自分もくじ引き会場へと入る。
すでにシード校がどこに入るのか決定していて、青学は16番である。

「遅くなってごめんなさい。」

こそっと大石と手塚に言う。
にこっと笑って大石が首を振った。

「これから対戦相手が決まるよ。」

次々に各校の部長がくじを引いていく。

「不動峰は5番か。」

手塚が呟く。
5番ということは16番の青学とはブロックが違うので、あたったとしても決勝である。
不動峰のブロックには王者立海大付属がある。
山吹もいる。
ここを倒してこないと当たらない。
そのとき喚声とどよめきが会場を襲った。

「15番、氷帝学園。」

跡部が不敵な笑いを浮かべてくじをひらりとみせる。

「…なんということだっ。」

大石が歯噛みする。
昨年関東大会で負けた相手といきなり初戦にあたる。
関東大会で全国に行けるのは6チーム
ベスト4と残りはベスト8から選出される。
つまりこの初戦で敗退したほうは全国へは行けないということである。

「大石先輩…。」

が歯噛みする大石に何を言ったらいいのかおろおろする。

「いつかは当たる相手だ。」

手塚が意思の強さを思わせる声音で呟いた。
そう、いくらいつかはあたる相手とはいえ、あたる時期が悪すぎる。
氷帝は全国大会の常連校。
全国制覇を目指す彼らはいつも関東大会から正レギュラーで揃えてくる。
つかつかと氷帝の跡部が大石、手塚、の横にやってくる。

「楽しみにしてるぜ。」

不敵な笑いを手塚へ向ける。
大石がきっと跡部を睨んだ。
はそっぽ向いてる。
答えようともしない三人に跡部が苦笑する。
そして不意に通路側にいるの耳元に唇を寄せた。

「氷帝に来なかったこと、後悔させてやるぜ。」

跡部の言葉にが驚いて跡部を睨みつける。

「あなたなんか大嫌いっ!」

が思わず手を振り上げた。
その手が振り下ろされず掴まれる。

「やめろ、。」

手塚だった。
聞き手ではない右手で制されたとはいえ、存外に強い力に思わず眉を顰める。

「おいおい、コイツ痛がってるぜ。青学の手塚は女にも厳しいらしいな。」

跡部の揶揄するような言葉に手塚がの腕を放す。
はこれでもかといわんばかりに跡部を睨みつけた。
そしてそのまま跡部は笑いながらその場を去っていった。

帰りの電車の中。

、もしかしてずっと前から跡部のこと知ってるの?」

大石の言葉にはうんざりとした。
この際きちんと言ったほうが大石の精神衛生上いいのかも知れないと思う。
それでなくとも事故で二度とテニスができなくなったことを隠していて、大石を悲しませたという実績もある。

「以前通っていたテニススクールの系列の社長の息子、なんですよ。」

もちろんそれだけではない。
何がどうしてこうなったのかわからないが、系列スクールの大会で男女複合ペアに跡部と組むことになってしまったのだ。
もともと同じ系列のスクールなので、存在は知っていたが(何より抜群上手かった!)実際一緒に練習をしたこともない相手である。
何かと話題の持ち主で、彼のためにいつもより遠いスクールにまで練習に行かなくてはならなくなったことや、何より彼のテニススタイルがダブルス向きでないこと、テニスだけでない言動に振り回されることが多かったため、嫌な思い出の方が多い。

「天敵、というヤツかな。もう、とにかくむかつくの。」

大石がボーゼンという顔でを見る。

「それって不二も知ってるの?」

は頷いた。

「うん。跡部の愚痴を言う相手が不二君だったの。」

大石は笑みを浮かべながら頬がひきつるのを隠せない。
あとから知ったことだが、と不二は男女複合ペアを組んだ間柄であることや、家族ぐるみでの付き合いがあることをを考えると、不二がを家族のように大切にしているのは間違いない。
ということは跡部は不二を敵に回してる、ということで、大石は正直頭が痛かった。
去年、不二は跡部と当たっておらず、跡部は当時の青学の部長を倒している。
お返しといわんばかりに手塚が当時の氷帝の部長を倒しているので、跡部と不二の直接対決は今までない。
というか今年も絶対に不二と跡部を当ててはならないような気がした。-
大石の胃痛の原因がまたひとつ増えたようである。

「氷帝に来なかったことを後悔させる、というのはどういうことだ?」

手塚が口を開いた。
の耳元で囁かれた言葉ではあったが、どうやら隣にいた手塚にはしっかり聞こえていたらしい。

「私の事故、ちょうど跡部との練習の帰りだったんです。で、妙な責任感持っちゃって自分と同じ学校に来い、って。鬱陶しいから無視してたけど。」

大石と手塚が顔を見合わせた。

「厄介だな。」
「ああ、厄介だ。」

どうやら跡部はに対して本気であると悟る。

「荒れそうだな、氷帝戦…。」

大石が溜息をついた。
それでなくとも手塚の肘も心配だし、不二やのことも考えると頭が痛い。
けれど。
絶対に勝たなくてはならない。
全国に行くためにもここで止まってはならない。

「大石、。」

手塚が二人を見る。

「何があっても全国へ行くぞ。」

静かではあるが決意が秘められたその声音に大石もも頷く。
そう、ここで立ち止まることなどできないのだ。






「氷帝ね。」

不二はふーっと息を吐いた。
跡部の顔を思い出す。
とダブルスを組んで出た試合を食い入るように見ていた男。
そしてその立場を利用して、まんまとを攫おうとした相手である。
けれど双方の同意があるのならまだしも、強引ともいうべき手口でを自分のダブルスのペアにしたものだから、当然は跡部を信用しないし、文句たらたら言っていたから特に心配はしていなかった。
笑って大変だね、なんて相槌を打つ程度でよかった。
しかし手塚から聞いた跡部のへの言葉がかなり不二を苛立たせた。
そして大石から聞いたの事故の状況。
自分ですら教えてもらっていなかったのに、先に大石と手塚が知る、というのもおもしろくない。
まあ、それは百歩譲るとしても。
の事故に跡部が少なからず関わっていることに驚いた。

「あれ?」

朝から色々考えていたからだろうか。
入れたと思っていた英語の辞書が見つからない。

「参ったな。」

英語の時間は4時限めだから時間はあるが、英語の辞書なんて毎日持ち歩くものではない。
とりあえず4組に行って河村のもとへと行く。

「タカさん。」

教室の入り口でにっこり笑って不二が河村に手を振った。

「おう、不二。何か用?」

河村が駆け寄ってくる。

「英語の辞書を忘れちゃった。持ってきてないかな?4限なんだ。」

すると河村が気まずそうに笑った。

「ごめん、今日は持ってきてないな〜。大石はどう?あいつなら持ってそうだけど。」

大石は2組である。
不二は笑顔でありがとう、というと4組をあとにして2組へと向かう。

「大石、ちょっといい?」

日直なのか、大石は授業の準備をして黒板をきれいにしていた。

「どうかしたのか?」

大石は不二のもとへと来る。

「英語の辞書を忘れちゃった。大石なら持ってそうかな、って。」

にっこり笑うと大石はうーん、と考え込んだ。

「俺は今日もってないな。あぁ、手塚に言っとくよ。あいつ、いつも英和辞書持ってるから。」
「え?手塚ってあんなもの毎日持ち歩いてるの?」

不二は驚いた。

「ああ、携帯用の小型みたいだけど。このあと1組と合同授業だから言っておくよ。」

大石の言葉に不二は苦笑した。

「サンキュー、大石。」

手塚がよく読んでる本が洋書なのは知っていたけれど、まさか辞書まで持ち歩いてるとはね、と苦笑する。
そういう自分も英語版の星の王子様を読んでいるが、さすがに辞書を持ち歩くことはない。

――さすがというか…。



そして3限が終わり。

「不二。」

教室の入り口で手塚が不二を呼んだ。
手には辞書を持っている。

「手塚、サンキュー。わざわざ持ってきてくれたんだ。」

手塚が不二に手渡したのは大石の言っていた小型の携帯用辞書ではなく、ちゃんとしたものだった。
ぱらぱらとめくる。
手塚らしく、いくつも赤線が引かれ使い込んである。

「手塚、氷帝戦のオーダー、難航してるみたいだね。」

ちらりと不二の視線が手塚の左肘を見る。

「手塚、跡部とあたっても大丈夫なのか?」

多分、氷帝はS1を跡部に持ってくるはずである。
激戦が予想される氷帝戦だからS1といえど試合する可能性はかなり高い。
跡部が全国区プレイヤーであることは不二はよく知っている。
そしてこの青学テニス部で跡部に対抗できるのは手塚ぐらいしかいないことも。
手塚が自分にS1を任してくれるなら。
不二はちらり、と黒い心が鎌首をもたげる。

――絶対に負けはしない…。

しかし手塚は何も言わなかった。
そのまま6組をあとにしてしまう。

――手塚の左肘が完治していないんじゃ…負ける…。

不二は授業のはじまるチャイムがなるまで、廊下で手塚の去っていたほうをじっと見つめていた。

自分のためにも、手塚のためにも、全国を目指す部のためにも。
こんなにもS1の座が欲しいと思ったことは初めてだった。
そして。
何よりも絶対にこの手で下したいと思うことも。