反省


都大会優勝という形で関東大会出場を決めて我が青学テニス部は練習に余計に熱が入ろうというもの。
私ももちろん今まで以上に熱心に部活に出ていますよ。
練習に熱が入るのは何もレギュラー陣に限らない。
レギュラーを狙う二年生、一年生だって、部の躍進に今まで以上に気を引き締めて練習に熱心なの。
それだから私もつい頑張っちゃう。

「おーい、誰か球出ししてくれないかー?」

という二年生の池田君の声にあたりを見回しても誰も手が空いてる人がいない。
こんなときは仕方ないよね。

「あ、私するよ。」

といってラケットを持ってボール籠の側へ行く。

「え、マネージャーが?いいの?」

未来のレギュラーがここから出て来るんだもんね。
やっぱり練習につきあってあげたいじゃない?
竜崎先生はレギュラー陣につきっきりで別コートにいるし。
レギュラー落ちした桃城君は手塚部長の命令で一年生と一緒に玉拾いだし。

「うん、大丈夫。」

にっこり微笑んでボール籠を引き寄せる。
コートの後衛に立つとなんだか身も心もうきうきしてくる。
人の練習に付き合うだけ、なんていってもやっぱりコートに立つのはいいものよね。
ぱあん、という小気味いい音とともに球出しを行う。
それを相手が返してくるというまあ一見単純そうな練習なんだけど、球出しをするほうは実はコントロールが要される。
相手の体制を見ながら打ちにくそうなポイントに向かって球出しを行う。
本当は相手が打ちやすそうなポイントに打ってあげなくちゃいけないんだけど、やっぱり練習あるのみ、レギュラーの座を狙って欲しいから私もつい難しそうなとこを狙って打つのよね。
うん、頑張って返してくるじゃない。
それならこっちも。
ぱあん、と鳴らしてコーナーぎりぎりに打ち込んで、相手を走らせる。

「げっ、なんつーところを。」

池田君はあからさまに焦った顔で、それでも届けといわんばかりに逆サイドにつかれたコーナーショットにくらいついてくる。
おお、返したよ。
なんて私もちょっと夢中になってしまう。

「さらにいくよーっ」

なんて声をだして。
さらに厳しいところに打ち込んでいく。

「わわっ!」

これぐらいとれなきゃレギュラーの座は遠いよ、池田君。
なんてちょっと鬼コーチぶりを発揮して。

そのときだった。

返ってきた球が自分の足元へときたのだ。

よけようと反射的に思ったのだけど、いうことの利かない私の足。
身体だけ捩って見事に足にボールが命中。
そしてすっころんでしまったのだ。

「マネージャーっ?!」

そのときのコートにいたみんなが駆け寄ってくる。
うっ、恥ずかしいよ。

「ごめーん、上手くよけられなかったよ。ごめんね。」

よいしょ、と立ち上がろうとして左足に激痛が走った。
見れば足首が腫れている。
ちきしょー、なんていい球を打つんだよ。

「マネージャー、ごめんっ!ほんと狙ったつもりなんかないからっ。」

池田君が必死に謝ってくる。
狙ってない、とは言わせないわよ。
アナタ、間違いなく嫌な場所に打ってくる私に対してコノヤローって思ったんでしょ。
いやいやアナタのそのテニスセンス。
間違いなく武器になるから謝らなくてもいいよ、と思うのだけど情けないことにひとりで立てない。
目じりには痛みで涙が滲んでしまっている。

「大丈夫?」

と脇から声をかけられて、大丈夫、と言おうとしてその声の主を見ようとして顔をあげようとしたとたん、不意に抱き上げられた。

「ふ、不二君っ?!」

ぎょっとして慌てふためく。

「ああ、騒がないで。そっちのベンチで手当てするから。池田、救急箱を持ってきて。」

不二君って思ったよりも力あるのね、というよりっ!

「ここレギュラーが使ってるコートじゃないんですけど。」

恥ずかしさいっぱいで思わず恨めしげに不二君を見る。
でも不二君は相変わらずのにこやかスマイル。

「桃を呼びに行くつもりだったんだ。こっちにきたらが珍しくラケットを持ってるからつい見ちゃった。そしたらこれだもんね。池田もいいショット打つよね。」

くすくす、と笑って私をベンチに下ろすと足を見た。

「あーあ、しっかり腫れてるよ。」

そのとき池田君が救急箱を抱えてやってきた。
一緒に桃城君も来る。

「不二先輩、、どうしたんスか?!」

私が怪我をして、なおかつ不二君がひざをついて私の足の様子を見ているので、桃城君は驚いている。

「ああ、桃、ちょうどよかった。手塚がカラーコーン練習に参加するように言ってるから一緒に参加してきて。ボクはの手当てして遅れるからって言っといてくれるかな。」

不二君が言いながら手早く救急箱の中から湿布を取り出す。

、何やってこんな怪我なんかしたんだよ、あぶねーな、あぶねーよ。」

桃城君が憮然とした顔で池田君を睨みつける。

「桃城君、私のドジで心配かけてごめんね。不二君も手を煩わせてごめん。池田君、本当に池田君が悪いわけじゃないから気にしないでね。」

このままじゃ池田君が悪者になってしまいそうで、私はあわててみんなに謝った。
実際足さえ自由が利けば避けられない球じゃなかったはずだし。
桃城君は部長である手塚が自分を呼んでるということで、しばらくためらったあと、

「じゃあ、オレ、行ってますから…、無理すんなよ。」

といってレギュラーの使用しているコートへと走っていった。

「先輩も練習に行ってください。マネージャーの手当ては俺がやりますから。」

池田君がレギュラーである不二君に気を使って慌ててとってかわろうとする。
しかし不二はにっこりと微笑んで、救急箱の包帯を手にした。

「ボクは桃じゃないからね。」

無敵のスマイルでにっこり笑う。
池田君、可哀相に凍りついてるよ。

「帰りは送ってくから。足が少しラクになったら着替えて待ってて。」

わっ!
なんですかソレ!!

救急箱に常備している叩くだけですぐ冷たくなる保冷剤を取り出すと、ぱしっと叩いた。

「はい、それまでこれで冷やしてて。」

といって捻挫した箇所にその保冷剤を当てる。

「じゃあ、待ってるんだよ。」

そういってさっさとレギュラー陣のいるコートへと戻って行ってしまった。
残されたのは池田君と私。
そして遠巻きに見ている皆。
なんだかすごーく視線が痛いよ、とほほ。

「マネージャーって不二先輩と?」

池田君がちらり、とこっちを見る。
びくぅ。

「ち、ちがうっ!絶対違うっ!!」

あー、でもここで池田君の誤解を解いたところで他のみんなは誤解しまくってるよ。

「ほんっとうに違うのよ、誤解しないでぇっ!」

叫びだしたい気持ちで弁解する。
本当はそうだったらとても嬉しい。
スッゴク嬉しい。
でも事実は違うもん。
ヘンな誤解が生まれたら私がいたたまれないよ、不二君が好きという事実があるだけに。

「まあ、マネージャーが違うっていうならそうなんだろうけど…。」

と池田君は不審そうな表情を崩さない。
ううっ、不二君の馬鹿ーっ!
余計な誤解を部の中に撒き散らすなーっ!!
そしてみんなは再び練習に戻って。
私はなんとか足がつけるようになると共同更衣室へと行って着替えを済ませた。
着替えてコートに戻り、コートの外のベンチで日誌を書く。
もうすぐおわりだからもう書いちゃってもいいよね。

、大丈夫なのか?」

不意に日誌に影をさしたのは大石先輩の姿だった。

「あはは、みんなに心配かけちゃってすみません。でもほんと大丈夫だから。」

そこにひょいっと菊丸も現れる。

ー、心配したよー。今不二の姉さんが車でこっちに向かってるって。送ってもらいなね。」

「えっ?由美子さんが?」

ぎょっとしてまじまじと菊丸先輩を見る。

「うん、不二のヤツ連絡してたから。丁度不二の姉さん、こっちに用事があるとかで寄り道して迎えに行こうか、なんていってたらしいし。」

あ、そうなんだ。
もともと不二君と由美子さんは仲がいい、というより、由美子さんが不二君や裕太をとても可愛がってる。
だからこういうこともアリなんだろう。
菊丸先輩がそういうことを言う、っていうことはレギュラー陣はいらない誤解をしてるわけではなさそうね。
ちょっとほっ、なんだけど。

、大丈夫…っと大石にエージまで。」

そこに不二君が現れた。

「由美子姉さん、もうすぐこっち着くって連絡があったんだ。今着替えてくるからもうちょっと待ってて、。」

不二君の言葉に大石先輩と菊丸先輩が頷く。
はー、なんだかどっと疲れがでちゃったよ。

それだけ伝えると不二は部室へと行ってしまった。

、やっぱり足が悪いんだね。」

大石がそういっての足をちらりと見た。
ぎくりとしては大石の顔を見ることができない。

「いや、そのことがが悪いからとかそういうことじゃないんだ…。…ただ…それががテニスをやめなくちゃならなかった理由なんだろう?」

菊丸もじっとを見つめる。
は俯くことしかできない。

「なんとなく気がついてたんだ。ただも何も言わないし、事情を知っていそうな不二もなにも言わないし。」

菊丸の言葉が妙に刺々しい。

は確かにマネージャーかもしれないけど、同じ部員なんだし何も言ってくれないことにちょっと自分がショックを受けてるんだ。」

大石の言葉が妙に悲しげに聞こえる。

「仲間、なんだからさ。」

菊丸がの頭をぽんぽんと叩く。

「でも言えなかったなんだよね、きっと。」

菊丸の言葉には不覚にも涙が溢れてきた。

「ごめんっ!っ!!」

が涙を零したことに驚いた菊丸と大石が驚いてその場でしゃがみこみ、の顔を見ようとする。

「…ごめんなさい…。」

言えなかった。
ただ、言えなかった。
全国を目指すみんなが羨ましいなんて言えなかった。
自分もコートに立ってテニスができるならしたい。
そんなこと言えなかった。

「以前事故にあって…二度とテニスができなくなったの…。でもテニスが好きで諦められなくて…。」

マネージャーとしてでもみんなとともに全国へ行きたいと願った。

「ダイジョーブ!不二だけじゃなく、俺たちにも任せなさいって!」

菊丸がピースサインを出す。

「そのとおりだよ、を含めたみんなの力で全国に行くんだから。」

大石がぽんとの肩に手をのせる。
みんなの優しさがにはたまらなく嬉しい。

「みんなで全国を目指すんだ。」

は頷いた。
そう、全国を目指して。

「誰かな、マネージャーを泣かせてるのは?」

声をかけたのは早々に着替えをした不二だった。
その目がいつもの柔和さを見せず、しっかり開いている。

「急いで着替えて戻ってみればコレ、ね。」

ちらり、と大石がの肩に手を置いているのに視線を移す。
気がついて慌てて大石がの肩から手を離し、ぶんぶんと手を振る。

「部員に気安くしちゃダメとかいって、自分はどうなのかなぁ。」

今度は菊丸に視線を走らす。
ぴしっと菊丸の笑みがひきつる。

「あーあ、マネージャーを泣かせたんスか。ヒドイ先輩達だな〜。」

後ろから桃城と海堂もやってくる。
それに気がついてちらりと視線を二人に送るが、いまひとつ不二の顔から笑みが消えている理由に気がつかず、不二の表情に驚く。
不二がの手をぐっと引っ張って立たせる。

「校門まで歩ける?由美子姉さんが迎えに来てくれてるから家まで送るね。」

そういうと不二はのかばんを手にした。

「あ、あのっ!黙ってて本当にごめんなさい。あのっ、みんな…、その…。」

は不二に引っ張られながらも後ろを振り返る。

「勝ってください。みんなで全国へ行きたいです!」

の言葉に不二が立ち止まる。
大石と菊丸、海堂と桃城も表情が一瞬呆気にとられ。
そして。
みな一様ににやっと笑うと親指を立てた。
不二もようやくくすりと笑う。
そして再びの腕を引っ張って歩き出した。

「まかせろよぉっ!マネージャー!!」

桃城の声が響く。
はとても温かな気持ちでいっぱいになる。
ひとりじゃないということはこういうことなのだと思う。

「ああそういえばさ、。なんで池田に足元を狙わせるようなショットを打たせたのかな?」

不二がくるりとを振り返って訊ねた。
がぎくり、とする。
いつもの柔和そうな笑顔はなく、唇の端だけあげて、確信を確認するかのような問いにの顔が強張る。

不二君、目が笑ってません…。

「つい、夢中になっちゃった?それで結局自分のコト言わざるを得なくなったってコト?」

あうう…。

「……反省してます…。」

元はといえば自分がラケットを手にしてボールを狙い撃ちすることにちょーっとばかり興奮したのがすべてのはじまり。

「ま、怪我の功名なんてこともあったけど。」

不二がにっこり微笑む。
が不思議そうに不二の言葉を頭の中で反芻する。
怪我の功名?
レギュラー陣に自分のことを言うってことかな?
まあ、自分のことを告白することで彼らが全国大会への意気込みをさらに強化してくれたならそれは確かにいいことなのかもしれないけれど。
でもちょっと違うような気もする。

「反省してる?」

不二の問いにが焦る。
自分の怪我が自分のせいであるのは間違いないので。

「うん、してます。」

の答えに不二がぷっと吹き出した。

「怪我したのは確かにそうかもしれないけどね。」

――明日あたり、部員の中で噂は確実に広まってるからね、これで余計な虫は払えたからボクにとっては怪我の功名なんだけど。はどうかな、やっぱり反省するのかな?

不二の思惑も知らないで、は不二に引っ張られながら校門へと急いだ。