仮入部


私が男子テニス部のマネージャーをはじめてあっというまに一年が過ぎた。
マネージャーといっても、層の厚い青春学園男子テニス部は雑用はほとんど一年生が行うし、基本的に自分のことは自分でやる、がモットーの皆さん方のおかげ(?)で私の仕事はテニス部のスケジュールの手配だとか、備品の管理だとか、どちらかというとマネジメント的な仕事をまかされている。
敵情視察は乾先輩が半分以上趣味でしているから、それもなし。
そして二年生になってはじめて後輩たちが入ってくることになった。

「今年の1年生、どんな子がはいるんでしょうね。」

竜崎先生と雑談も交えながら、練習試合をする相手チームを選別する。

「前年度最後のランキング戦でレギュラーになった連中は練習試合に行かなくちゃならんから、新入生には会えないねぇ。ま、桃城は残してくけどね。」

竜崎スミレの言葉にが苦笑した。
ダンクスマッシュを練習中に足をくじいて、せっかくのレギュラーも形無しである。

「残念がりますよ、きっと。」

つい笑いそうになるのを必死に押さえながらは答えた。
桃城の悔しそうな顔が浮かぶ。

「ま、桃城君には新一年生の入部の面倒をよく見ておいてもらいましょ。」

はそういっていくつかある練習試合相手のなかから一部を引き抜いた。

「大石先輩とあとは煮詰めますね。では失礼します。」

はそういうと数学準備室をあとにした。
ここは練習試合を行うのも生徒達が決めるのだ。
ひっきりなしに練習試合の申し込み電話が職員室になり響く。
竜崎がある程度断っても、それでも一試合ごとに成長をみせるレギュラー陣がいるため、まったく断っていないのも事実である。
新年度のレギュラーが決まって、実力を測りたい他校が多いのだろう。
竜崎先生がこれは、と踏んだ他校をピックアップし、あとはスケジュールの調整で候補を絞り込むのをマネージャーにまかせて、レギュラー本人たちの意向を踏まえる、それが青学のテニス部のやりかたである。






青学男子テニス部は練習試合のために珍しく遠征となった。

「あーあ、桃のヤツ今頃なにしてんだろ?」

菊丸がラケットを器用に回しながら言う。

「ふふ、気になるのは桃だけじゃないだろう?」

不二がくすくす笑いながら柔軟をする。

「もちね〜。今年の新一年も楽しみだよねっ!」

菊丸が器用にぐいっと身体を伸ばす。

は微笑ましそうにサイドベンチで皆の様子を見ていた。
柔軟してアップしたあとは練習試合に入る。
今回は竜崎先生が新一年生をみる、ということでレギュラー陣の練習試合にはついてこなかった。
かわりにがベンチマネージャーを務めるべく、こうしてきているのである。
本来ベンチマネージャーは顧問の教師か同一レギュラーから選ぶのであるが、遠征の事務的処理などを含め、部の女房的存在であり、レギュラーである大石の負担を減らすために急遽が努めることになった。
公式な試合ではなく、練習試合なので相手校もレギュラー陣も納得したのである。
といってもにベンチコーチをまかせても大丈夫なのは、彼らがベンチコーチの指示に従わないことは明白だからである。
遠征、の目的は乾の事前に行う予備調査を無効にするためと、全国に行った場合のことを考えて体調管理を各自行うことを目的としている。
いつもとは違う土地で実力を発揮できるのか、こういったことが重点に置かれている。

「ね、も気になるよね?今年の新一年生。」

不意に菊丸に声をかけられて、は顔をあげた。

「え、なんで?」

ぽす、と大石がラケットのガットで菊丸の頭を小突いた。

「マネージャーが困るような質問はするな、英二。さ、早くアップするぞ。」

は首を傾げるばかりである。
なぜ今年の新一年生が気になるのだろうか?
確かに竜崎先生なら新一年生は居残りの桃城に託してこっちにきてもいいような気がする。

、なぜ竜崎先生が来なかったと思う?」

とん、との隣に不二が座る。

「今年の新一年生、気になるのが入るらしいんだって。」

ということは不二君、あなたも気になっている、ということですか?

こういった話題はあまり首を突っ込んでこない不二にしては珍しい。

「俺のデータにもないな。」

乾がの背後でぼそりと呟く。

っていうかなんでそんなとこに立ってるのよっ?!

「乾先輩、S3(シングルススリー)でしょ。早くアップして準備してくださいね。」

ったくもう。
手塚先輩は、と…。
さすがにアップに余念がないわ。
S1なのにさすが。
とここまできてちらりと隣に視線を移す。
余裕そうににこにこと不二が皆のアップ風景を見ている。

「不二君、アップしないの…?」

冷たい視線を不二に投げるもなんのその。
しれっと立ち上がるとラケットを手にした。

「大いに気になるね、その新一年生(ルーキー)」

不二はのほうを見もしないでコートへと向かっていった。
は溜息をついた。

練習試合はもちろん青学の圧勝である。
勝つのはあたりまえなのであるが、慣れない土地での試合である。
このあとも含めて各自体調管理ができるかどうかも重要なところである。

電車に乗って青学へと帰る。
今の時刻なら青学では部活が終わるかどうかといったところであろう。
駅では竜崎先生に電話で遠征結果を短く報告し、とりあえず全員青学へと帰ることとなった。

「ここ、いい?」

がぼんやりと車窓から流れる風景を見つめていると、不二がにこやかにそこに立っていた。
の隣は空いている。
大石と手塚が並んで座って熱心に今日の練習試合のことを話しており、菊丸は乾たちとトランプに興じている。
不二も一緒に興じているのかと思っていたが、そうではないらしい。

「いいけど…?」

がいうと不二がの隣に腰をかけた。
は丁度いいと思って日ごろの疑問を不二にぶつけた。

「不二君あのね…。」

が言いかけた途端、不二がの唇にそうっと人差し指を立てた。

「言いたいことわかるけど、ここじゃね?」

は目をぱちくりさせた。

私、まだ質問してませんけど?

不二の目が一瞬真剣になる。

「いい子だから…、わかるね?」

こういったときの不二が最強なのは昔から変わらない。
ええ、やっぱりそれ以上口には出せません。
でも、なんで私が言いたいこと、あなたはわかるの?

不二はそのままにこつん、ともたれて寝息をたててしまった。

タヌキ寝入り…。

は溜息をついた。
そこにとんでもなく大きい声が響く。

「あーっ!なに不二ここで寝てんだよっ!」

菊丸の声に皆の視線がいっせいにと不二に注がれる。

「マネージャー独り占めは感心できないな、不二。」
「あぁ?」
「不二、起きろ。」
「不二、こういうところで寝るのはこの遠征の目的でもある自己管理能力低下に繋がるな。」
「マズいけど、ちょっとうらやましいかも…。」

それぞれに文句を言われ、ジャージを引っ張られ、髪の毛を引っ張られ、不二はおもしろくなさそうに起きると空いている席へと移動した。
ひとり手塚だけはそ知らぬ顔を決め込んでいるが、さっきのセリフの数々に手塚の声が混じっていたことをしっかり不二は記憶している。

「せっかく寝てたのにね。」

うそつけ。

みんなの冷たい視線と、天を見上げるが心の中でつぶやいているのもわかっているくせに、不二は涼しい顔で空いている席に移動してまた目を閉じた。

、不二に何もされなかった?」

菊丸がの後ろの座席から顔を覗かせてにたずねる。
はくすくす笑うと

「何もですよ、ただヒトを枕代わりにしただけですから。」

タヌキ寝入りしてたのに?

とは菊丸はあえて訊かなかった。
訊いたところでなにをどうしようもないし。
でもこれだけは、という顔でにずいっと迫った。

「不二を信用しすぎちゃだめだよっ!」

はぷっと吹き出した。

「なんですか、ソレ?」

の言葉に菊丸は少し安堵する。
が男子テニス部のマネージャーとして入部したときから、が不二を先輩と呼ばないことに早くから気が付き、そしてそれは二人の距離が他の部員よりいくらか近いことにすぐに気がついた。
不二が最初から、と仇名で呼んでいたのもおもしろくない。
そこはやはり中学生である。
同じテニス部の仲間が自分と違って位置的に近しい女の子がいる、というだけであまりおもしろいとはいえない。
まして、その女の子が同じ部員であり、自分も好意的に思う女の子であればなおさらである。

「とにかくっ!同じ部員だからといって気安くしちゃだめだかんねっ!」

菊丸の言葉にがきょとんとする。

「…ソレって菊丸先輩も、ですよね…?」

の言葉に菊丸は顔面を青くしたり、赤くしたり、ひとりあたふたと焦る。

、それ以上英二をいじめてないで、俺たちと大富豪しよう。」

いつのまにか菊丸の隣に移動した大石が横から顔を覗かせた。

「あ、のります。でも大富豪じゃなくてババ抜きにしましょう。単純なゲームだからこそ相手の顔色をうかがったり、戦略を考える練習になりますよ♪」

の提案に皆が苦笑する。

ちゃんって本当にテニスが好きなんだね。」

河村の言葉にはにこっと笑う。

「好きですよ、だからみなさんに頑張って欲しくて。」
「はーい、そこまで。いいかにゃ、みんな?これは真剣勝負だかんねっ!」

菊丸が器用にカードをシャッフルしはじめた。
菊丸の言葉をスタートに突然みな目に真剣さが宿る。

ほんとみんな負けず嫌いなんだよねぇ…。

ひとりは笑みを漏らした。






一行が青学に到着すると見慣れない一年生達が集合していた。
わいわいと騒がしく、なにやらみな興奮状態である。

「どうしたのかしら?」

くるりとあたりを見回すが頼みの顧問、竜崎は職員会議で出払っている。
先に気がついたのは桃城だった。
桃城はベンチに腰かけて、よ、とお気楽にレギュラー陣に手を振った。
大石が慌てて桃城へと駆け寄る。

「いったいどうしたんだ、なんでこんなにざわついている?」

大石が訪ねると、桃城はにやりと笑った。

「仮入部で入ってきた奴らの中にオモシロイヤツがいたんですよ、先輩。」

桃城はそういって視線を一年生のほうへと向けた。
ただひとり帽子をかぶっているあまり背の高くない一年生。

「アイツか。」

手塚が呟く。
今回の遠征不参加を決めてまで、竜崎が待っていた新一年生。

「ああ、あいつだ、越前リョーマ。」

桃城が答える。
そのとき、は見逃さなかった。
不二の瞳がわずかに真剣さを孕んでいたこと。
もしかしたら、不二の本気を出させてくれるかもしれない一年生。
は不二への質問を心に閉まった。
きっと、不二に聞きたかったの質問の答えはその新1年生は引っ張り出してくる。
にはそう思えたのである。