Feed いつもお弁当の時間になるとソイツはやってくる。 チャイムが鳴って待ってましたのランチタイム。 私も友人達と囲んでの楽しいひと時を過ごす、はずなんだけど。 友人とお弁当どこで食べよう?なんて一瞬席を離れた隙だった。 席に戻ってかばんをみるとやっぱりない。 入れ忘れたはずはない。 だって今朝、自分で作って、自分で用意をして、自分でかばんにいれたんだもん。 絶対間違いはないはず。 今日はさらに食後のデザートに、と思ってパイナップル入りのチーズケーキまでわざわざ作って用意したんだから。 ここまで凝ったお弁当を作っといて忘れてくるはずなんかない。 ということは。 溜息をひとつついてちらり、と隣をみる。 隣にはいつの間に現れたのかヤツがいる。 おい、ここはおまえのクラスじゃないぞ。 お前のクラスは はるか向こうだっ! 「おおっ!チーズケーキつきだよっ!やったねっ!」 ぱく。 私のご自慢のチーズケーキを口に放り込むヤツ。 丸井ブン太。 ふるふると怒りがこみ上げてくる。 「ブン太…。」 チーズケーキを口に入れながらながら、私の地の底を這うような声音にちらり、と視線を投げる。 「かーえーせー!!!」 私の怒声にもなんのその、ブン太はチーズケーキを食べ終わって新たにメインのお弁当箱にまで手をつけている。 「いーじゃん、俺、お前の弁当好きだよ?」 思わず手が握り拳になる。 わ・た・し・の弁当がなっ! 私は怒りの表情を崩さないまま、ブン太の前に広げられたお弁当箱を無言で取り上げた。 ちくしょう、箸まで使ってやがる。 「俺と間接キッス〜♪」 といいつつ私に自分が使った箸を渡してくる。 私はその間も表情を崩さず怒りの表情のまま、ブン太から箸をひったくる。 そのまま勢いよく立ち上がると、つかつかと教室を出て行って箸を洗いに行った。 そこでちょっと表情が緩んだ。 知ってるんだ。 なんでブン太が自分のお弁当があるのに、わざわざ私のところに来て私のお弁当を食べるのかということは。 自慢のチーズケーキを食べられたのはちょっと悔しい気もするけれど、ブン太の優しさを気がついていないわけじゃないのよ。 いつだったっけ。 ほんの些細な出来事。 ちょうどブン太が私のクラスの桑原君のところに遊びに来ていたときがお昼だったのだ。 「えー、自分でお弁当作ってるんだぁ!」 なんて友人が大きな声を出したのがそもそもの発端だったような気がする。 ブン太はフーセンガムをふくらませながら、興味を覚えたのか私たちが集まっているほうへとやってきた。 「へー、自分で作るなんてスゴイじゃん。」 ブン太のその褒め言葉に私はちょっと溜息をついた。 べつにスゴイものではない。 ただ私の母親は総合病棟の救命課に勤めるナースだから、家にはほんと寝に帰ってくるだけの忙しい人。 当然毎日疲れているわけで。 ついでに母子家庭だからお昼にパンでも買って、なんてあまり贅沢なことはできないし、ただでさえ進学校とはいえ私学に通ってるからお金がかかってるし。 だから料理のできるようになった去年あたりぐらいから、なるべく自分でお弁当を作るようにしてるのよね。 当然家での料理当番はいつも私だし、買い物だって私。 ああ、私って所帯じみてるかも、なんてスーパーのちらしをみながら溜息をつくことも多い。 でもこうして母子二人やっていけてるのは、私も私の母親もそれぞれに努力しているからなのよね。 だからまわりの賞賛の声とかははっきりいって気恥ずかしくなってしまう。 そんなたいそうなものじゃない。 ただゆずりあって、肩を寄せ合って生活しているのがこの結果なんだから。 「うち、母親が忙しいからね…。」 なんて苦笑して。 それをブン太がどのように捉えたのかは知らない。 それからしばらくして、ブン太が毎日お昼になると私たちのクラスへとやってきた。 スゴイ早業で私のお弁当をかっさらって、いつのまにか食べてる。 というより試食だね。 決して全部食べることはない。 ちゃんと返してくれる。 「のお弁当、今日も美味いじゃん。」 そういってにこにこと笑って帰っていく。 全然知らないコだったのに、いつのまにか名前で呼び合うような、そんな間柄になっていった。 箸を洗って教室に戻ればまだブン太がいた。 お弁当箱には可愛く切ったチューリップのウインナがない。 あれ、結構手間がかかるのよ? 「ごちそーさま。」 ブン太がにっと笑って私に親指をたてる。 あーあ。 でも嬉しいの。 本当はとっても嬉しいの。 こうして食べてくれる人がいる。 だから頑張っちゃうの。 今日のチーズケーキだってそう。 ブン太が食べてくれる、って思うから朝も頑張って作っちゃうの。 でも私も食べたかったからちょっと残念だったけど。 手を振って教室を出て行くブン太に苦笑がもれた。 きっとヤツは知ってる。 今日のチーズケーキが自分ために用意されたものだってこと。 今度はちゃんとチーズケーキを焼いてヤツのところにでも持っていこうかな。 そうしたらブン太はどんな顔するのかしら? 知らずひとり笑みがこぼれる。 「ー、お弁当食べよう〜!」 友人が私を呼ぶ声がする。 私は慌ててお弁当を持って友人たちの輪に入る。 どうしよう、私の顔から笑みが消せない。 口々に言われるのは他愛のない冷かし。 でも、嬉しいの。 とっても嬉しいの。 あいつは知らないよな。 雨が降って、室内設備のどこも使えず、結局ミーティングだけになってしまって部活が早く終わった雨の日。 ちょうどお気に入りの青林檎味のフーセンガムがないことに気がついて、目に入った駅前のスーパーに立ち寄ったあの日。 雨降ってるというのに、制服姿には不釣合いな大き目のビニールのショッピングバックに一生懸命買ったものをつめていたアイツ。 色んな食材。 はっきりいってどんな風に扱うのかなんてオレにはわかりはしねぇけど。 きっとそういったものを使ってあいつは料理するのかな、なんて思ったら不思議と興味がわいてきた。 それからジャッカルのとこに昼になると大急ぎでいって、あいつの弁当を試食させてもらってるけど。(勝手に/汗) マジで美味い。 でもそれよりも。 最近弁当の内容がいかにも力作、という感じのものになっていた。 くす、と笑う。 以前はただのウインナーが今はチューリップだったり、雪だるまだったり、タコさん、カニさんなんてあたりまえなんだぜ? ああ、そうだ。 今日のチーズケーキ、美味かったな。 つか、普通、いくらデザートでもチーズケーキを作ってもってくるわきゃねぇじゃん? いつもあいつの弁当を開くたびに、嬉しくってまた明日も行こう、なんて思うんだよな。 今日は弁当がない日。 俺はいつもよりちょっと寂しい気持ちを味わっていた。 だって今日はアイツの弁当を試食できねぇもん。 アイツは帰宅部で当然弁当なんて今日は持ってきてねぇし。 部活が午後からめいっぱいある日に限って、おれんちの母さん、弁当作り忘れるし。 登校途中で買ったおにぎりとお茶じゃあまりにも寂しく、味気ない。 授業が終わってみな帰り支度をはじめる。 俺も部活へ出るべく教室を出ようとしたとき、柱の影に隠れているあいつを見つけた。 まるで隠れるようにその背中が溜息をついているのがわかる。 俺は早業のようにあいつの手をとって走り出した。 「ブン太?!」 いきなり腕を掴まれた驚きと走らされている驚きに、アイツの顔がびっくりしている。 でもそれでも。 俺はのそんな姿を誰にも見せたくなくて。 人気のない中庭へと連れ出した。 「ちょっと何するの?」 ようやく手を離してふたり息を継ぐ。 特になんて体育の授業以外滅多に走らないから、息を継ぐ速度が速い。 「俺に用なんだろぃ?」 真っ直ぐにを見ると、は真っ赤になってそっぽ向いた。 めっずらしぃー。 こんなをはじめてみた。 でも俺、予感してたんだよな。 そろそろかな、って。 あのチーズケーキを食べたとき、思ったんだ。 だから俺からはぜってぇ言わねぇからな。 もし俺に言わせたら最後、覚悟しとけよ? 「あ、あの…。」 口ごもったまま俯くがたまらなく愛しい。 俺のほうが黙ってられねぇかも。 お前の弁当もなんだけど、俺、お前を食っちまいたい。 つい。 のかばんから差し出された紙袋。 「部活の合間にでも食べて。」 そういって紙袋を俺に押し付ける。 思わずそれを受け取るとが走り出そうとした。 はん、逃げれるかっていうの。 さっとの身体を抱えるとそのまま髪に顔をうずめてキスをする。 「ぶ、ブン太…?」 驚くの言葉を無視して耳元に唇を寄せる。 「アウト。」 自分でも自分がおかしくて自然と笑みがこみあげる。 俺の言葉の意味、わかってるのかよ? そろそろと俺の顔を見ようとして顔をあげるの表情は疑問でいっぱいです、という顔をしている。 「言ってくれないから俺から言わせてもらうぜ。」 の頭をぐっと俺の胸に押しつける。 そして、指先での横髪を耳にかける。 ぴくん、なんて身体を震わせて、マジで可愛いーじゃん。 「俺、おまえのこと好きだ。」 柔らかそうな耳朶をにそっと舌先を這わせる。 「だから今度は。」 アイツの胸の鼓動が聞こえてくる。 耳元で優しく、できる限り優しく。 けれど絶対ノーなんていわせない。 「…」 そっと囁いて。 が驚いて顔をあげて。 真っ赤になって震えるあいつは最高に可愛い。 「弁当、ありがとなっ!」 そういってを解放する。 受け取った包みを振って。 「ブン太のバカ〜!!」 でも聞こえないよ。 どんな憎まれ口を利いても俺には全部それが嘘だってわかってるからさ。 部室の前まできてはたと思いなおして包みを覗き込む。 部活の合間にも食べやすいように、一つづつラッピングされたサンドイッチ。 そして。 「やった!」 一緒に入っていたのはチーズケーキ。 俺は知ってる。 今度のチーズケーキには、いままでにないほどたくさんのの愛情がこもっていることを。 |