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溺れる魚 ダイジェスト版 |
清雅の中でそれはもうすでに決定事項だった。 本当にこれでいいのかなんてわからない。 はじめて自分のする行為に後ろめたさを多少感じる。 しかしもうどうにも清雅には止められないほどに、それは清雅の中で決まってしまったのである。 清雅はまず秀麗の側にいる蘇芳を引き離すことにした。 下手にあいつにうろちょろされてはうっとおしくて仕方がない。 部下に命じて蘇芳個人に仕事をさせるべく立ち回る。 1週間ほど秀麗に接触しないでもらいたい。 1週間、秀麗が処女ならそれくらいの日にちはいるだろう。 貴陽から出せばそれくらいは間がもつであろう。 そして秀麗にも仕事を振る。 実家の側では秀麗の変化にあの敏感な家人や、父親が気付くであろう。 だから清雅は蘇芳の行く方向とは反対の、貴陽のはずれにある郊外の別荘地である邸宅の侍女として潜入をさせるという口実を用意した。 お膳立ては完了した。 秀麗は清雅の目の届くところで、いつでも刺激とならなければならない。 そんな自分の目的の達成のためならば何でもできる。 果たして秀麗はその邸にやってきた。 静まり返った邸宅に秀麗は眉を潜めた。 清雅が雇ったという侍女が、秀麗のほかにあと二人ほど一緒である。 そのほかやはり清雅の部下の男たちが数人、同行する。 表向き経済の裏金問題で、この邸の主たちが談合をしているらしいというものである。 実際そういうきな臭い話は清雅の元にははいて捨てるほどあるので、口実を作るのは簡単だった。 嘘というものはほんの少しの真実を織り交ぜれば、たやすく真実味を帯びて人をだませる。 だから清雅は秀麗を出し抜くことなど容易なことだったのだ。 もちろん番狂わせはほどほどにあるが。 「当主が来る前にお邸の整備をしなくてはならないですわね。」 清雅に雇われた侍女の一人が秀麗に声をかけた。 「そうね、まずは掃除して食事の準備をして当主が来るのを待たなくちゃね。」 やるわよ!という意気込みも粗く、秀麗は侍女たちや男たちとともに邸に当主を迎える準備を始めた。 荒れていた庭も秀麗の指示のもと雑草が抜かれ、きれいに整備される。 「やっぱり人手があると違うわよね。」 秀麗はみるみるきれいになっていく邸ににっこりと微笑んだ。 邸自体はさして大きくはない。 しかし邸宅自体はとても趣味がよく、控えめながら高雅な雰囲気を醸している。 彩七家の持ち物だと言われても不思議はないほどに、趣味のよさが品位をたたえている。 侍女たちと協力して部屋や廊を磨き上げた。 「結構荒れてたわねー。でもよくこんなところを思いつくわね。」 この別荘地は彩七家の持つ別荘とはまた違った場所にある。 他の別荘から少し離れて、目立たぬように作られているため塀も高く、塀に沿って植えられた木々は側の森と混然一体となってぱっと見た感じではここに邸があるようには思えない。 「今日はまだ来ないのよね。みんなご苦労様。今から食事にしましょうね。頑張ってくれたからうんと美味しいものを作るわ。」 秀麗はそういうと腕まくりをして厨房(だいどころ)に入った。 二人の侍女も手伝いについてくる。 女三人で料理をはじめれば結構テキパキと進むもので、さして時間もかからないうちに卓子の上にはたくさんの料理が並んだ。 そして準備が整ったところで秀麗は、玄関のところで松明を持って警備にあたる男たちを呼びに行った。 「みさなーん、お食事の準備ができましたよー…ってあれ?」 ぱたぱたとたすきをはずしながら玄関へと向かうが、そこには誰もいなかった。 「庭かしら…?」 そのままの足で秀麗は庭にまわる。 ところどころほの明るく松明がもやされ、すっかり暗くなった庭を照らし出しているがやはり庭にも誰もいない。 他の侍女に聞くべく邸内に戻ると、今度はそこに侍女たちもいなかった。 「…清雅のヤロー…」 ぷるぷると拳が震えてくる。 何のつもりでこういうことをするのかわからない。 もしかしたらすぐにでも当主が来るというのであろうか。 秀麗は考え込んだ。 この場を立ち去ることは簡単である。 しかししっかりと葵皇毅長官からの印の入った仕事の机案書を請けている以上、ここで放り出したら仕事を放り出すことになる。 徹頭徹尾侍女であることを秀麗は自分に言い聞かせた。 こうすることが、何かあるには違いない。 秀麗にはそれだけのことしか理解できなかった。 それはひどく悔しくて、ひどく情けない思いを味わわせる。 秀麗は持ってきた二胡のつつみを開いた。 つかつかと食卓のある部屋の端の椅子に座ると大きく深呼吸した。 そして弦を滑らす。 美しい旋律が流れ出した。 「…へぇ。」 清雅は少し笑った。 用意されている彼女の自慢の料理のほかに、彼女の二胡までもが清雅を迎えてくれるとは思わなかった。 長い間放置していた別邸の存在を思い出したのはつい先日。 ここなら誰にも邪魔は入らない。 二胡を弾くときは無心になれる。 荒れていた心を静めてくれる。 うっとりと二胡を弾いていたとき、扉が開いて目の前に現れた男に思わず秀麗は二胡で殴りそうになるのを懸命にこらえなければならなかった。 「お早いご到着ね、清雅。」 「お前も意外と早くここが片付いたじゃないか。さすがだよな。」 ふたりの視線がばしばしと絡み合う。 清雅は一人だった。 「オレが来るっていつ気が付いた?」 清雅が優雅に食卓につく。 秀麗は用意していた手ぬぐいを冷たい水に浸して絞り、清雅に手渡した。 「誰もいなくなってからよ。自分のおめでたさに腹が立つわ。」 当然のように秀麗から手ぬぐいを受け取り手を拭く。 秀麗は今度はお茶を用意する。 食事中にも飲める爽やかな香りのお茶である。 「ずいぶん遅いな、もう少しお利口さんになったらどうだ?」 秀麗はお茶をかけてやりたいほど怒りで手が震えたが、今は侍女である。 手を真っ白になるまで握り締めて、何事もないように装いながらお茶を入れる。 それを当然のように受け取って清雅が口に運ぶ。 しまった、毒でも入れておけばよかったと思うものの、毒なんてありはしないし、今更である。 「私に用があるんでしょう?清雅。」 秀麗の言葉に清雅は眉をぴくりと動かした。 鈍かったようだが、頭は悪くない。 秀麗のこういうところが清雅は気に入っている。 「この邸、どうして気付かなかったのかしら、あなたの雰囲気とそっくりなのよね。」 秀麗は自らもお茶を飲んだ。 清雅はほう、とは思ったがそれを表情に出さない。 「家ってね、その持ち主の人となりが出るのよ。もちろん本人が作ったものじゃなくてもね。選んだ丁度品や庭の様子なんかでね。」 清雅はにやりと笑った。 目の付け所はやはり悪くない。 しかしここが清雅の持ち物だと気付くのに遅れた理由をきいていない。 「なんであんたの持ち物かって気が付くのに遅れたかというと、この邸にあなたの選んだものがないからだわ。」 そう、この邸は清雅の雰囲気にぴったりなのに、清雅が選んだであろうものが何一つないのだ。 「ご名答。」 パンパンパンと清雅が手を叩いた。 清雅の持ち物であって、ここは清雅のものは何一つない。 陸家の別邸だった。 実際ここにこの別邸があるのは知っていたが、清雅がここを訪れるのはこれが初めてとでも言おう。 それまでは財産管理の面で何度か足を運んだことはあるが、実際今日ここに来るまで、この別邸がこんなにもきれいで趣味のよい邸だとは思わなかった。 「オレには必要のないものだから放っておいた、それだけだ。」 秀麗はため息をついた。 御史台の給料は実は結構いい。 自分の給料ですらそう思うのだから、清雅にいたってはかなりの給料をもらっているだろう。 でもだからといって必要ないからほうっておく、という考え方が好きではない。 秀麗の家は確かにあの邸ひとつだけで、それも一角しか使っていないのが実情だが、それでも邸のすべてを管理している。 粗末ではあるが簡素でも居心地よく整えている。 「もったいないわ。せっかくのお邸が可哀想じゃない。」 実際手入れをはじめて秀麗はこの邸に感嘆を覚えたのだ。 なのにここまで放置されている状況は邸に対して失礼だと思ったのだ。 「手入れしたとこで何になるんだ?オレはここを使わないし、必要もない…が、まあ今必要になったな。」 清雅の言葉に秀麗は首をかしげた。 どうにも今回の案件といい理解ができないことが多い。 今までは少ないながらもアレコレ仕事はしてきた。 清雅と組むこともあったが(どちらかというと清雅のもとで働かされたというほうが正しいのだが)、何をしてても何も見えてこないということはなかった。 「…タンタンっ!」 秀麗が立ちあがった。 自分がこんな思いをするということは、蘇芳も同じではないかと思ったのである。 「ちょっと清雅!何なのよっ!一体!」 詰め寄るように清雅に近寄る。 清雅がその薄い唇に笑みを佩いた。 「邪魔だったから遠ざけた。それだけだ。多分あいつも気付いてるだろ。」 それは確信がもてた。 部下からの話によれば蘇芳に振り分けられた仕事に不信を抱いたようである。 しかしすぐに話を受けたという。 つまり蘇芳は自分の判断で秀麗から遠ざかったのだ。 急に秀麗が気付いたように清雅から遠ざかろうとした。 「逃げるなよ。」 さっと清雅が秀麗に足払いをかけた。 ぐらりと秀麗が揺れるとさっと清雅が立ち上がって背後から抱きとめる。 ――キケン! 秀麗の脳裏でガンガンと警鐘が鳴り響いた。 ――ココ ハ 誰モ コナイ! なのに身体は硬直したように動かない。 さらっ、と清雅が秀麗の髪をほどいた。 長い髪がさらりと零れる。 その長い髪を掬うように清雅の指先が秀麗の髪をかき上げた。 首筋に熱いものを感じる。 秀麗は背筋に何かが走りぬけるような気がした。 「否定する必要なんか何もないだろ。オレたちはこうなって然るべきなんだから。」 晏樹みたいなことを清雅が言う。 清雅の舌が秀麗の首筋をつっと滑る。 身体の力が抜けていく。 こんな感じははじめてだった。 やめて、と言おうと思った。 けれどもこうなるのがどこか当然のような気がして秀麗は声にならなかった。 ――劉輝! 劉輝が遠くなるような気がした。 かつて、愛している人、死ぬほど好きな人じゃないとそういうことはしない、と秀麗は言った。 じゃあ清雅がその相手なのかというと何かが違うような気がする。 けれども抗えないほどの何かが清雅との間にあって、秀麗はいつも翻弄される。 耳朶を甘く噛まれて、吐息を掛けられて秀麗の頭は真っ白になる。 不意に身体が持ち上げられた。 「清雅!?」 清雅に抱き上げられて秀麗は思わず声をあげた。 「愛し合うには寝台のほうがいいだろう?ゆっくり教えてやるよ。」 耳元で囁かれて秀麗は真っ赤になった。 そして我に返る。 このままでは清雅の思うようになってしまう。 秀麗自身が整えた主寝室に連れて行かれて秀麗は隙をうかがった。 逃げるには真っ向から抵抗しても無駄である。 しかし清雅は秀麗の2歩も3歩も先を行く。 出し抜くためには何かしらの隙をつくしかない。 主寝室に入り、寝台に座らされる。 そして清雅は秀麗の足元に跪いた。 秀麗の足から履物を脱がす。 足先を滑る清雅の指がひどく官能的で秀麗は震えるのが止められなかった。 「逃げようと思っても無駄だ。」 ふっと顔をあげて清雅が笑った。 その清雅の言葉に反応するように、扉に鍵がかかる音がした。 「?!」 外から鍵をかけられたのである。 「オレがひとりで何もかもやってるとは思うなよ。オレは手段を選ばないからな。」 すっと秀麗の足先をもちあげた。 滑らかなその足を指先で愛撫し、そしてその足に口付けをしていく。 「…!」 清雅の手が秀麗の足を愛撫する。 着物をたくしあげられて腿まであらわになる。 足の爪先を口に含まれて秀麗は慄いた。 「やだ、汚い…!」 秀麗が身を捩って逃げようとすると、さっと清雅が秀麗の身体にのしかかってきた。 秀麗の両手首を掴み、そのまま寝台に押し倒す。 腿までめくれ上がった着物を気になって撫で付けようと思うが、足の間に清雅の足が割り込んでいうことが効かない。 「否定するなって言っただろうが。」 そういうと清雅は秀麗に口付けをした。 唇を通してどれだけ秀麗の身体が、心が震えているかがわかる。 嗜虐心を刺激される一方、まだ処女である秀麗に最大限気を使わなくてはならないという注意深さも忘れない。 何度も角度を変えて口付けを繰り返すうちに、秀麗の唇が僅かに緩んだ。 その隙を狙うかのように清雅が舌を割り込ませた。 「!」 驚いたように秀麗の身体が震える。 怯えるように逃げる秀麗の舌を追い詰めて絡める。 嫌々するように秀麗が首を振ったが、そんなことを当然清雅が許すはずもなく、指先は秀麗の耳朶を、首筋を愛撫しながら秀麗の心と身体が緩むのを待つために何度も口付けを重ねた。 口付けを何度も重ねるうちに、秀麗の身体から力が抜けていく。 それを確認するかのように、きつく掴んでいた秀麗の腕を解放し、唇を解放した。 艶やかに上気した秀麗の頬に清雅が満足げに微笑む。 そうだった。 ずっとこうしたかったのだと清雅自身理解する。 大嫌いだった。 自分には何もないのに、彼女は清雅の望むすべてのものを持っている。 なのにきれい事ばかり並べ立て、理想論をぶちまける。 すべてが癪に障るのに、どうしても秀麗から目が離せない。 それが二人の間にある何かのせいだと気付くまでにしばらく時間がかかった。 気が付いても清雅は手を出すことが躊躇われた。 秀麗に手を出したら自分のプライドが傷つくからだった。 何もかももっている秀麗を穢すことで、自分の自尊心を満足させるくらいなら、自分の腕を切り落としたほうがマシなくらいだった。 あんなことさえなければ。 |
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